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【実話怪談】花ことば

「八浦くんって朝は強い方? ちょっとしたバイトを頼めないかな」

大学二年の四月だった。みんな酔いも回って場の緩みきった新歓コンパの二次会で、隣になった先輩の叶絵さんからそんな風に誘われた。

「知り合いが育ててる花の鉢植えを、二週間ばかり預かってほしいのよ」

なんでも、その人が長期出張で家を空けることになり、叶絵さんが世話を引き受けたものの、今度は彼女も急遽、鹿児島の実家に帰らねばならなくなったらしい。知り合いというのはお金持ちで、一万円の日当を出すと言っているという。二週間なら十四万。貧乏学生には破格だった。
ただ、条件があって――

「蕾が最初に開花する瞬間を録画してほしいんだ」

難しくはないと叶絵さんは言う。
その花には、朝顔のように明るさを感知する器官があるとかで日の出の時間にしか咲かないらしい。だから開花まで毎朝、日の出の二十分ほど前に起きて待機し、花が開き始めたら録画する。三十分ほど様子を見て、咲かなかったらその日はそれでおしまい。ゆっくり二度寝すれば良い。実働は1時間足らずというあまりに虫の良いバイトだった。八浦さんは二つ返事で承諾した。

翌日、八浦さんのアパートに持ち込まれた鉢植えは、双葉からつぼみのついた茎がひょろりと伸びた、チューリップに似た花だった。
叶絵さんは窓際に鉢を据え、当時としても型遅れだったという大きなビデオカメラを渡すと「水はあげなくて良いから。開花したら電話して」とだけ言いおいて帰ってしまった。
その日から、天気予報サイトで翌朝の日の出時刻を調べて目覚ましをかけ、五時前に起きる生活が始まった。

花が咲いたのは十日目のことだった。朝日を浴びて、唇を思わせる薄紅に色づいた蕾が、崩れるように緩み始める。
慌ててカメラを起動し、録画ボタンを押す。ふわりと花弁が開いた、その瞬間だった。

『クガツジュウロクニチ!』

酔って呂律が回っていないような、くぐもった男の声が響いた。
声は。八浦さんには、ほころんだ蕾の中から聞こえたような気がした。
まさか。外を酔っ払いが通ったんだろう。自分を納得させて叶絵さんに電話を入れた。
しかし、開花を告げると彼女から帰ってきた言葉は、

「で、なんか喋った?」
 
絶句したまま何も言えずにいると、その沈黙で察したらしく――嬉しそうな声が続いた。
「まぁ良いや。動画撮ってるんでしょ?これから回収に行くから」
鹿児島にいるはずの叶絵さんは、電話から二十分足らずでアパートにやって来たそうだ。乗っているのを見たことのない、黒いワンボックスカーから出てきたという。
カメラのモニターで動画を確認すると、満面の笑みを浮かべて持ち込んだ一式を抱えて帰っていき、それきり会うことはなかった。
のちに別の先輩に聞いたが、急に大学を辞めたらしい。
八浦さんの元には、約束よりかなり多い金額が書留で送られてきたそうだ。

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