見出し画像

未発売映画劇場「料理人(すべての人のもの )」

海外ミステリファンの間でけっこう有名なブラックユーモア小説に『料理人』がある。

【画像のリンク先はamazon.co.jp】

ある城館へふらりと現われた風来坊の料理人が、その料理で一族を魅了し、やがて彼らを洗脳して、最後には城館の主人におさまるという顛末を描いた作品。ラストで背筋が寒くなるような寓話だ。

著者のハリー・クレッシングは、本業が弁護士で経済学者という覆面作家で、『料理人』は彼の数少ない作品のひとつで、1965年に発表された。

この小説が映画化されているという話は、刊行当時(初訳は1967年、1972年に文庫化)からちらほら耳にしていたが、とんと見る機会がなかった。

無理もない、日本では劇場未公開(1970年作品)で、ずいぶん経ってからNHKの衛星放送で放送されただけなのだ(放送時の邦題は「すべての人のもの 」) 現在まで、VHSからブルーレイに至るまで、国内版ソフトは未発売のまま。

で、例によってamazonさんからお取り寄せ。

小説のタイトルは「The Cook」なんだが、映画では「Something for Everyone」に変えてある、映画を見たら、その理由は納得いった。

オーストリアの片田舎、オルスタイン城へ一人の風来坊の青年コンラッドがやってくる。どこから来たのか、何者なのか不明のまま、コンラッドは城の使用人として雇われ、やがて城の女主人である伯爵夫人やその息子にたくみに取り入り、執事から使用人頭へ出世し、さらには……

映画化にあたって、原作は大幅に改変され、大筋だけが残された感じ。なによりも主人公たる風来坊が人々を篭絡してゆく手段が、グルメな料理ではなく、セックスの魅力に変更されている。ああ、だから「料理人」ではダメなんだな。

そんなことにした理由の一つは、たぶん主演がマイケル・ヨークだからだろう。当時、若手の二枚目俳優として人気が出てきていたヨークの個性を活かすには、料理よりセックスだよという判断だったんだろうか。

篭絡される側の伯爵夫人がアンジェラ・ランズベリー。未亡人ながら一手に城を切り盛りし、しかも財政的に追い込まれ、それでも女としての「我」を失っていないという役を巧みにこなしている。私の世代にはたぶん、アガサ・クリスティー映画でミス・マープル役をやっていたように「婆さん」のイメージが強いのだが、この頃はまだまだ女の魅力を発揮している。

で、この映画をリードしたのが誰かというと、監督をつとめたハロルド・プリンスだろう。

映画監督としては、この作品を含めてわずかに3作品があるだけで、しかもそれがすべて日本では劇場未公開なので、映画ファンにはあまり響かない名前であろうが、じつはとんでもない大物。

本業は舞台演出とプロデューサーで、その作品を挙げれば、「ウエスト・サイド・ストーリー」「屋根の上のバイオリン弾き」「キャバレー」「オペラ座の怪人」などなど。凄いだろ。そしてトニー賞を21回受賞しているのだが、これは個人としては史上最多なのだ。ほんとに凄い大物なのだよ。

そこで疑問なのは、なぜまたこんな人がこんな映画を作ったか、だ。

映画公開の1970年には、すでにトニー賞を10回近く受賞していて大物だったはず。この作品が初めての映画監督作品だったとはいえ、そこらの新人監督と違って、自分の好きな題材をいくらでも選べただろうに。

そのへんの事情は、もっと調べてみると、何か面白いエピソードでもあるのかもしれないな。

ついでにいっておけば、映画のラストは強烈な一撃が待ち構えている。原作を読んでいていなくても、このラストの衝撃は充分に味わえると思う。

そんなこんなで、日本でまったく見られない状態なのは、ちょっと惜しまれる作品だと思う。いろいろ権利的な問題があるのかもしれないが、ぜひとも一度、国内発売されることを願いたい。

未発売映画劇場 目次

映画つれづれ 目次

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?