ディアトロフ峠事件
超常現象業界でポピュラーなネタのひとつに、集団失踪事件がある【参照:異次元世界への招待】
いわゆる「神隠し」が個人の消失なのに対し、多人数がいっぺんにごそっといなくなるもので、数多くの事例が記録されている(まあその真偽はともかくとして) 有名なメアリ・セレスト号事件とか、デカいところではバーミューダ・トライアングルとか。
そんな業界で近年、にわかに注目されてきたのが、表題の「ディアトロフ峠事件」だ。
事件そのものが起きたのは1959年の1月から2月(余談だが私が生まれる直前だ) だが事件が世に知られるようになったのは、今世紀になってからのようだ。
その原因は、事件が起きたのが冷戦時代のソ連でだったからに違いない。
時代が時代だけに(スターリン時代の直後だ)発生当時はソ連国内でもほとんど知られず、まして西側諸国ではまったく知る由もなかった。ソ連崩壊後にやっと知られるようになると、その事件の異様さからにわかに注目されるようになった。
事件現場はウラル山脈北部の山中。雪に覆われた奥地にトレッキングに出かけた学生たちが、無人のテントや装備を残して行方を絶ってしまったのだ。一行のリーダー格の学生がイーゴリ・ディアトロフだったので、その名を取って現場がディアトロフ峠と呼ばれるようになったのである。
現場の写真。こうした生々しい写真が残されている(ウィキペディアより)
とはいえ、失踪人数はたったの9人。ほかの集団失踪事件にくらべると、はっきりいって地味である。
ただ、この事件がきわだったものだったのは、その後の展開だ。
というのは、ほかの事件と違い、失踪した9人は死亡していたとはいえ、その死体はちゃんと発見されたのだ。
だがだが、その死体の状況があまりにも異常だったのだ。全員テントから離れた地点でばらばらに発見され、極寒の気象だったにも関わらずきちんとした衣類を身に着けておらず、おまけに死因もはっきりしないまま。
まあ詳しくは、ググるとかして自分で調べてほしい。なかなかぞっとすること請け合いだから。
例によってこの事件の真相には、さまざまな説が乱立しているのだが、そのへんの決定版として出たのが、この本。
アメリカの映画作家ドニー・アイカーがディアトロフ峠事件を調査再現した『死に山』だ(安原和見・訳) 日本でも昨年翻訳刊行され、ちょっと評判になった。著者は、たまたま知った事件のことを調べるうち、その奇怪さに引き込まれ、ついには自分で現地に赴き、その真相を探ることになる。その記録と、自ら推理して事件の真相を描いた作品だ。
事件を再現するドキュメンタリーとしては出色の出来。そしてそこで呈示される事件の「真相」は、充分に納得いくものだ(だからといって、これが真実だとは限らないが) ディアトロフ事件を知る人も知らない人も、一読をおすすめする。
で、もちろんこんな魅力的な事件を、映画屋さんたちが見逃すはずがない。
タイトルはずばり、「ディアトロフ・インシデント」
いままでも、たとえばUFO事件やUMA案件といった超常現象をあつかった映画は大量に存在するが、この事件をあつかった映画は、いまのところこれくらいらしい。
「ダイ・ハード2」「クリフハンガー」といった大作を手掛けてきたレニー・ハーリン監督の作品だけに、凡百の超常現象映画とは、ひと味ちがう。
……と、思ったのだが、実際にはそうでもなかった。
映画は、ディアトロフ峠事件に興味を抱いたアメリカの学生たちが、ドキュメンタリー映画を撮影すべく現地へ遠征し、そこで怪異に遭遇するという内容。『死に山』の著者も映画屋さんだったが、どうやらこの事件はアメリカ人の映画魂に響くものがあるらしい。
500円映画劇場でしばしば書いたように、私は一人称カメラで撮られるPOV(ポイント・オブ・ヴュー)という手法が大嫌いである(だって見にくいんだもの)
で、この「ディアトロフ・インシデント」、まさにこのPOVで描かれているのである。まあたしかに、500円映画の同系統作品にくらべると、その使いかたははるかに洗練され、また見やすいものにはなっている。それでも、かなり見づらいし、ちょっとイライラする。まあこれは好みの問題かもしれないが。
映画の前半は、それなりの緊張感や迫力もあるが、いよいよ異変が始まると、とたんに映画のムードが一変する。
ネタバレになるので、これ以上は書かないが、ああ、これじゃ500円映画クラスだよなと、一気にトーンダウンしてしまうのだ。
ましてや、この映画で語られる「真相」ときたら……『死に山』とはちがって、とても納得のいくものではない。この発想自体500円映画クラスだ。
レニー・ハーリン監督作品なのに、この発想。正直言ってがっかりだったぞ。
とはいえ、ほとんどの集団失踪事件の真相は(たぶん)ちょっとした情報の行き違いや勘違い、そして些細なミスによる事故なんだろう(と思う) そんなに超常現象的なことではないんだろうな。『死に山』で呈示される事件の真相も、ああそうかそんなことかなといった程度のものだ(繰り返すが、それが真実だという証拠もないんだが)
だがしかしそれにも関わらず、そして事件がインチキっぽい安手の映画になろうが、決定版的真相を語った本が出ようが、こうした事件の持つ怪しげな「魅力」は、たぶん色あせることはないだろう。
数多くの超常現象ものとともに、これからもディアトロフ峠事件は、何度も何度もわれわれの前によみがえってくるに違いない。
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