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クーデターで行ってみよう

ハヤカワ文庫の新刊で出てる『黄金の時間』が面白いぞ。

西アフリカのマリで起きた軍事クーデターを、アメリカ国務省の一局長が武力行使せずにいかに収束させるかというポリティカル・フィクションなのだが、著者が実際に国務省勤務でこのような場面を経験していたとかで、そのへんの事情がリアルに描かれていて、じつに興味深い。この手の作品では不可欠なのが、このリアリティなのだ。

といっても、ク-デターなんてそうそう見かけるものでもないし、日本では2・26事件以来(公式には)なかったことになっているので、どこがリアルなんだか、実際にはよくわかりませんがね。

さてクーデターを描いた映画といえば、数えるのもメンドクサイくらいあるんですが、私がイチオシにしたいのは、1978年にイギリスとカナダの合作で作られた「パワープレイ」という作品だ。あまり恵まれぬ形で公開され、長い間ソフト化もなかったので一時はレアものだったが、現在は国内版DVDが出ている。

舞台は架空の国(ヨーロッパの小国のイメージらしい)

独裁的政権を敷く大統領のもと、秘密警察が暗躍しているこの国で、反体制的ポーズをとった少女が逮捕され獄死してしまう。この事件をきっかけに、少女の両親と友人だった軍人が独裁政権打倒のクーデターを画策。仲間の将校や軍事学者、戦車隊長らを引き入れて、着々と準備を進める。

クーデターの首謀者となる将校がデビッド・ヘミングスで、真面目かつ忠実な軍人である彼が、最初はクーデターを拒否しながらも、徐々に反体制に転じ、やがて水も漏らさぬクーデター計画を練り上げ、実行してゆく過程がドキュメンタリータッチの抑えた演出で描かれるあたりが圧巻。

最初は渋っていたくせに、いったん決断すると非情なまでの実行力を発揮し、機密保持に不安のある仲間をも処断してゆくあたりが、役者ヘミングスの大きな見せ場。

映画は、この静かなる計画段階から、クーデター実行の日に移ると急速にテンポアップする。首都の市街地に戦車(CGじゃなくてホンモノ)が雪崩れ込んでくる迫力は、そこらの三文アクション映画をはるかにしのぐ迫力だった。

もちろん映画なので、そのまますんなりクーデター成功となっては面白くない。そのあとはさらに急展開が待っているのだが、そのへんは実際にご覧いただくしかないと思う。

ヘミングスの他にも、ピーター・オトゥール、ドナルド・プレザンス、バリー・モースといったクセモノ役者が揃っていて見応え充分。なかでも(詳しくは言えないが)オトゥールが映画のなかでぶっ放す演説はカッコイイ。個人的には映画史上に残る名演説のひとつだと思う。

じつは、なんとも間の悪いことに、この名作と同じ1978年に、日本でもクーデター映画が作られているのだ。

山本薩夫監督の「皇帝のいない八月」で、自衛隊が決起するストーリー。「パワープレイ」に先立って公開されたのだが、まあおよそ面白くない映画になっていた。

大物スターを動員した大作映画だったが、例によってじつに日本的な情緒のあるドラマが盛り込まれて湿っぽくなり、その結果クーデター映画としての迫力が消えてしまった。予告編で見た「なにっ、戦車が来るのか?」というフレーズのみがカッコよかっただけの、完全な看板倒れだったな。

私にとっては、「パワープレイ」の凄さを引き立てただけの印象しか残っていない。

日本のクーデター映画では、終戦の1945年8月15日前後に実際に起きた陸軍近衛師団の反乱を描いた大作「日本のいちばん長い日」(1967年)のほうがずっと面白い。最近リメイクもされたから、ご存知の方も多いでしょ。岡本喜八監督のリズミカルな演出と、「パワープレイ」とは逆に、こちらは過剰なくらいの演技陣の熱演(登場する役者が全員怒鳴ってた印象がある)で迫力満点だった。

だが、やはり当時はまだ題材が生々し過ぎたのか、岡本喜八監督のベストとはいいかねる出来ばえになったのは惜しまれる(念のためにもう一度言っておくが「皇帝のいない八月」よりははるかにマシ)

2015年の「日本のいちばん長い日」リメイク版は未見なのだが、どうだったのかな?

アメリカでは「5月の7日間」とか「博士の異常な愛情」みたいに、クーデター映画はポリティカル・フィクションの定番として、面白い娯楽映画が作られている。政治風土の違いもあるんだろうが、日本映画界も頑張ってもらいたいもんだ。

ちなみに「クーデター」という単語は、フランス語の「coup d'État」から来ていて、「国家に対する攻撃」を意味するそうだ。映画「パワープレイ」には原作があるのだが、エドワード・N・ルトワクのその書名は。ズバリ「coup d'État」である(残念ながら未訳)

 映画つれづれ 目次

【2018/11/1】 私が気づかないうちに、「coup d'État」が邦訳出版されていた。買って読まないといけないな。

【画像のリンク先はすべてamazon.co.jp】

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