史上最大の演説

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「史上最大の作戦」は映画史上に残る傑作である。

第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で、最大のヤマ場となった、連合軍のノルマンディー上陸作戦の全貌を、ドキュメンタリータッチで、しかも途方もない人数の主演スターをつぎ込んで映画化した、文字通りの超大作。

かつてこの映画がテレビ放送された際、解説の淀川長治氏が「これが映画です」って断言してたくらいだからね。文句あるか。

現実では連合国が国力を傾けて決行した大上陸作戦を、CGなどない時代に、メジャーカンパニーとはいえ、一映画会社でスクリーンに再現しようとした大プロデューサー、ダリル・ザナックに脱帽(無謀さにも)。そのスケールの大きさは、映画を実際に見てもらうしかない。劇場で見なくても、ブルーレイでもDVDでも、その迫力は充分に味わえるからね。

さて、スケールの大きい戦闘シーンばかりが「史上最大の作戦」の見どころではない。もちろんたくさんのドラマがちりばめられ、この途方もない大作を支えているわけだが、その節目節目に配置された軍人さんたちの演説は、この映画のひとつの見どころだ。

そもそも、何の罪もない兵隊たちを死地へと送りこむ軍人さんは、何かというと戦意高揚の演説をぶちたがるものだ。これが上手くないと出世できないのは、現代の政治家や経営者と同じ。なので、「史上最大の作戦」でも名文句がたくさん出てくる。

もっとも有名なのは、ノルマンディー海岸防衛の任にあたるドイツ陸軍B軍団長エルヴィン・ロンメル元帥(ヴェルナー・ハインツ)の演説。

「上陸が始まって、最初の24時間で勝敗は決する。連合軍にとっても、わが軍にとっても、いちばん長い日になるだろう」

この「いちばん長い日」が映画(原作も)の原題「The Longest Day」になっている。もっとも劇中ではドイツ語で「Der längste Tag」だが。

負け戦を予感しての演説だけに、いささか景気が悪く、勢いもいま一つな演説だが、重みは充分だ。ロンメルの予想通り、上陸後24時間持ちこたえられなかったドイツ軍は敗走するのだ。後年のロンメルの運命も知ってこの演説を聞くと、こたえられない悲壮感がある。映画史上に残る名演説といっていいだろう。

それにしても、この「The Longest Day」を「史上最大の作戦」と翻訳した邦題は、まさに名人芸。

上陸する側の連合軍も、楽勝だったわけではない。作戦決行までのあいだ、連合軍の15万人以上の将兵はイギリス各地の港に繋がれた船舶のなかで、はてしない待機を強いられた。作戦決行は悪天候のために何度か延期された。

その待機の末、またしても悪天候のため延期か、あるいは作戦決行かを迫られる作戦会議のシーン。低気圧が居座り、作戦決行が危ぶまれるなか、居並ぶ将軍たちの意見もバラバラ。最終的には総指揮官だったドワイト・アイゼンハワー大将の「I say go!(決行だ)」のひとことで決まる。とほうもなく重いひとこと。

このアイゼンハワーを演じたのは、他の主演スターの面々とは違い、そっくりさんのヘンリー・グレイス。この映画公開の前年まで大統領職にあり、当時まだ存命中だったアイゼンハワーを演じる度胸のある役者はいなかったということか。

作戦決行の報はただちに各部隊に知らされ、その様子が次々と描かれるシーンはこの映画の秘かな見せ場だが、その報を受けた各部隊の、待機終了の解放感といよいよ本番の緊張感がみなぎる受け答えがいい。

電話で一報を受けた副官のニュートン大佐(エディ・アルバート)が、笑みをたたえて上官に告げるひとこと。

「Next stop…Normandy!」

英語圏で電車やバスに乗ってるとよく耳にするフレーズだが、「いよいよだ」感が満ち溢れている。こういうの、日本語にしにくいよね。「次の停車駅はノルマンディでございます」でもないだろうし。

出演スター中で最大の大物だったジョン・ウェインが演じるのは、空挺部隊の大隊長。大げさな演説はないが、出撃前に部下に向かって訓辞を垂れ、こう締めくくる。

「Do you read me?」

それに絶妙のタイミングで大声を返すのが、一等兵のレッド・バトンズ。

「Loud and Clear,sir!」

このやりとり、リズミカルでじつにいい。「わかったか、野郎ども」「合点でい、親分」みたいな感じだろう。いかにも「現場の兵隊っぽい」やりとりになってる。

上陸作戦の火ぶたを切る艦砲射撃には、フランス海軍も参加した。この指揮を執ったのがジョジャール提督(ジャン・セルヴェ) 砲撃前に全艦に向けて一席ぶつ。

「これから諸君は、フランスの地を砲撃することになる。情のうえでは忍びがたいものがあるが、勝利のための代償だ。ためらってはいけない。フランス万歳!」

この演説の最後の「Vive France!」が泣かせる。フランス語のリズムが効いていて、フランス人の意地と誇りがにじみ出る名セリフだ。

「史上最大の作戦」の最後を飾るのは、大苦戦の末にようやくドイツの防衛線を突破した陸軍部隊の指揮官、コーダ准将(ロバート・ミッチャム)のひとこと。上陸戦の間ずっとくわえていた、火の消えた葉巻を捨て、ジープに乗りこむと「行くぞ」と運転手に告げる。たったそれだけだが、このしぐさが最高にカッコイイ。ここのセリフは原語よりも、テレビ放送当時の吹き替えのセリフに軍配をあげたい。

「行くぞ。丘を越えて前進だ」

大作戦を描いた超大作のラストにふさわしい名セリフではないか。

ほかにも、この映画では、数多くの名セリフが飛び交う。実際の作戦時に放たれた言葉も、そうでない言葉も、「史上最大の作戦」という映画の世界のなかでは、これ以上ない輝きを放っている。

これが、映画だ。

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