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未発売映画劇場「1953年の冷たい夏」

きみはモス・フィルムを見たか?

今回は、こちら【↑】 にも書いた、いまはなきソビエト連邦の国営映画会社、モス・フィルムの作品のひとつ。

なんとなく私が抱いていたモス・フィルムのイメージである、長くて重くてツマラナイ超大作とは、またまったく違う作品だ。

原題は「Холодное лето пятьдесят третьего…」 当たり前だが、ロシア語。「53年の寒い夏」といった意味らしい。英語題としては直訳の「The Cold Summer of 1953」がポピュラーなようだ。1988年の作品で、ソ連や東欧、北欧各国では比較的早くに劇場公開されたが、西欧諸国では未公開。日本ではNHKが2001年にBSで放送したそうで、その際のタイトルが「1953年の冷たい夏

タイトル通りに、舞台になるのは1953年。長くソ連を支配してきた独裁者スターリンが死に、内務大臣だったベリヤが政権を掌握した時期で、これが作品の重要な背景になっている。

ロシアの寒村。海か河か湖かわからないが、その岸辺にポツンと存在する村で、どうやら流刑地になっているらしく、少数の村人たちとともに、政治犯らしき2人の囚人が暮らしている。そのうちの1人は元軍人で、ふだんはまったく村人と交流しないが、怖いもの知らずの若い娘とは少しだけ心が通っている。もう1人はすでに初老の囚人で、どうやら家族との縁を断ってこの地に流されてきたらしい。

テレビやネットはもちろん、ラジオすらないこの最果ての地に、ある日、ならず者の集団が襲来する。

権力を握ったベリヤは、スターリン時代から収監されている囚人に大量の恩赦を出したのだが、その際に凶悪犯にも恩赦を出してしまい、その結果、放たれた凶悪犯たちが各地で事件を起こすことになったのだ。

村にやってきた6人のならず者たちもその一部で、あっという間にただ一人の警官を殺し、村長らを押さえると村を支配してしまう。

やがて、ならず者の一人が村娘を襲ったことから、元軍人の囚人が、そのスキルで反撃を開始し、囚人二人でならず者に挑んでゆく。

いかにもロシア風に、重苦しく陰鬱なムードはあるものの、基本的には犯罪サスペンス映画。その仕組みは、たとえばアメリカの西部劇や、もっといえば海外から戻った兵士を題材にした帰還兵ものを思わせる。まあ、そういったアメリカ映画の影響があるのかないのか。

この映画は1987年の作品だけに、例えば「ランボー」などの影響があってもおかしくはないが、そもそもああいった作品がソ連で見られたかどうか知らないし、この時期のほかのソ連映画を見ていないのでなんともいえない。

ただし、この作品の背景を考えると、そこにはまた別の事情がうかがえる。

スターリン独裁崩壊後のソ連社会の混乱が間接的に描かれているわけなのだが、こうした社会主義国家の暗部に触れるのは、ソ連時代にはタブーだったはず。

それはフィクションだけではなく、報道やノンフィクションでもおなじことで、だからたとえばソ連で起きた猟奇殺人事件のニュース、1970年代から80年代にかけて52人を殺害したアンドレイ・チカチーロ事件などは、「社会主義国家に犯罪はない」という建前のため、当時はほとんど知られていなかった(チカチーロ事件については、こちら【↓】の本が詳しい)

【画像のリンク先はamazon.co.jp】

そんな時代の事件を(フィクションとはいえ)真っ向から描いたこうした作品、かつてのソ連では許されなかったことは想像に難くない。

ところが、1985年に書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフはペレストロイカと称する改革開放政策を推し進め、それまで閉鎖的だったソ連社会を劇的に変化させた。その動きが90年代の冷戦終結→ソ連崩壊につながる。

この「1953年の冷たい夏」が製作されたのは、前記したように1988年。ペレストロイカで変化したソ連ゆえ、この作品も許されたということだろう。

作品そのものに戻ると、舞台の地のせいなのだろうが、なんとも雰囲気が暗く陰鬱だ。だいたい夏の話のはずなのに、どう見ても冬に見える寒々しさ。どうやらコートを着ていないと寒いらしい(若い娘だけはワンピース一枚で平気みたいだが) 犯罪者に唯々諾々と従う村長や村人の雰囲気も重苦しいし、このへんは、いかにもソ連でロシアだ。

さらに、なんともやりきれない感じで幕切れとなるラストシーンのそのまた後に、「名優アナトリー・パパノフはこの作品が最後になった」というメッセージが。初老のほうの囚人を演じた彼は、日本ではほとんど知られていないが、ソ連ではたいへんポピュラーな俳優だったらしい。うーん、いきなり遺作を見せられてもなぁ。

なんかますます暗い気分になってしまった。

ところで、今回入手して見たDVDはRUSCICOというレーベルの製品。調べてみると、これはロシアのフィルムコミッションが海外向けに発行している物らしい(ちゃんとamazonでも売っている)

リージョンコードはなく、フリー。やれありがたやとプレイヤーに入れたのだが、再生不可能。あれれTVシステムがPAL方式だよ。日本はNTSC方式なので、PAL方式のソフトは普通のプレイヤーでは再生出来ないのだ。

でもご安心あれ、テレビでなくPCでなら再生可能。

そしてこのソフト、音声はロシア語と英語吹き替えだけだが、字幕はロシア語をはじめ、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、オランダ語、スウェーデン語、ヘブライ語、アラビア語、中国語、そしてなんと日本語字幕までが用意されているのだ。じつに13か国語。おかげで今回は非常にラクに楽しめたことは言うまでもない(ちょっと翻訳をはしょってる感はあるけどね) 他のものも見てみる気にさせられたよ。

ということで、モス・フィルムの広大な大草原に踏み込んだようなのだが、そもそもどんな映画があるのかをほとんど把握していないので、道に迷う可能性大だな、こりゃ(笑)

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