未発売映画劇場「クルフティンガー警部とミルク殺人」

ここ数年、ドイツのミステリ小説が評判になっている。そのきっかっけとなったのは、フェルディナント・フォン・シーラッハの『犯罪』の翻訳刊行だろうが、そのおかげで、ドイツのミステリは社会派色が強く、暗いというイメージが強くなってしまったきらいがある。

ところが、この夏に刊行された、フォルカー・クルプフル&ミハイル・コブルの『ミルク殺人と憂鬱な夏/中年警部クルフティンガー』(ハヤカワ文庫)は、そうした色合いの一切ない、ユーモラスなミステリ小説だった。ドイツのミステリにはこんなのもあるんだ。まあ、当たり前か。

同書はシリーズの第1作で、その後このシリーズは第8作まで続いており、総計450万部のヒットとなったという。そしてその人気を背景にテレビドラマ化され、これも好視聴率を稼いだとか。

そうなると、やはりそのドラマを見てみたくなるではないか。

さっそく、ドイツからブルーレイディスクを取り寄せてみた。まったく便利な時代になったもんだ。

ドイツのバイエルン地方の田舎町を舞台に、そこで起きた殺人事件を中年のベテラン警部クルフティンガーが解決するまでを描く警察ドラマだ。

ただし主人公はハリー・キャラハンのように勇ましくもなく、コロンボ警部のように頭脳明晰でもなく、真面目だが、不器用でドジで、しかも妻に頭が上がらない恐妻家である(だがクルーゾー警部ほどのマヌケではない)

事件は乳製品工場(地元の主要産業である)に勤める男が自宅で殺害されたことから始まる。事件捜査に不慣れな警部は、思わぬ事件に戸惑う部下たちを叱咤しつつ捜査に当たるが、なかなか思うように進まない。だが、被害者の葬儀を機に、事件は動き出す。

といった事件捜査そのものも面白いが、やはり見せ場はクルフティンガー警部の私生活だ。

捜査のために妻と行く計画だった旅行がオジャンになり、立腹した妻は友人とともに出かけてしまう。残されたクルフティンガーはやむなくチョンガー暮らしになったりするが、そんな警部は、妻が恋しく、苦手な国際電話で妻と話そうとしたりする。見ていて情けないが、微笑ましくもある。

苦手な隣人とのやり取り、近くに住む両親との付き合い、地元の楽団員としての奮闘(警部は太鼓係だ)などなど、「中年男あるある」的な展開も多く、まことに親しみやすいキャラクター。

クルフティンガーを演じるのはベテラン俳優のヘルベルト・クナウプ。地元バイエルンの出身で、故郷の訛りを存分に活かした名演、らしい。スミマセン、ドイツ語はさっぱりだし、訛りの有無まではとてもわかりませんが。

と、ドイツ語は分からなくとも、バイエルンの美しい田園風景は一見の価値がある。緑の牧草地に点在する現場を駆け回るクルフティンガー警部を見ているだけでも、なんか楽しかった。

原作小説とは少々ちがって、原作ではちょっとしか出番のないクルフティンガーの父親が活躍したりするのが、効果をあげている。なるほどドイツで好視聴率を稼いだのもうなずける出来栄えだ。

私が不満だったのは、原作ではクルフティンガーの大好物料理として登場し、読んでいるだけでうまそうに思えた地元料理のケーゼシュッペツレ(チーズパスタの類いらしい)が登場しなかったこと。どんな料理なのか、ちょっと見てみたかったのだが……

原作の人気と、好視聴率もあって、その後クルフティンガー警部のシリーズは同キャストでさらに2作作られている。ぜひ見てみたいのだが、どこかの局で放送してもらえませんかね。

ほんの数年前までは、海外のTVドラマを見るのはけっこうメンドクサかった

放送中の現地に出かけるか、ツテを頼って現地在住の人に録画してもらったものだ。おまけに、ヨーロッパの大半は、日本とはテレビ放送の形式が違うので、方式変換のビデオデッキなども用意しなければならない。ビデオやレーザーディスクを個人輸入するのも手間がかかったし、そもそも現地でもTVドラマのソフト発売がほとんどなかった。

いまは海外版のDVDやブルーレイを、ネット販売で簡単に入手できる。リージョンフリーの機器さえあれば(そんなに高価ではない)手軽に鑑賞できるようになった。日本語字幕や吹き替えはないけどね。

いい時代になったもんだよ。

原作小説『ミルク殺人と憂鬱な夏/中年警部クルフティンガー』は2003年の作品で、ドラマは2012年製作。国内発売も放送も、いまのところ、予定なしらしい。

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