折れた矢

ジャッキー・チェン関連で、ジョン・ウー監督のことをおさらいしていたら、「ブロークン・アロー」のことを思い出した。

「ブロークン・アロー(Broken Arrow)」とは、軍事用語で「核兵器に関する重大な事故」を表わす暗号。ざっくり言えば「核兵器紛失」のことを指す。

そんな事態になられてはかなわんので、どこの核保有国も核兵器は厳重に管理している(はず)ので、現実にはそんな事件は(たぶん)起きていないのだが、フィクションの世界ではしょっちゅう起きているね。

映画で、いちばん早く真っ向からこの「ブロークン・アロー」を描いたのは何だろう?

私の映画記憶だと、たぶん「007/サンダーボール作戦」(1965年)だろうと思う。犯罪組織スペクターがNATOの爆撃機から盗んだ核兵器で米英の政府を脅迫するというストーリー。核兵器を盗むくだりや、それを隠匿する作戦が、なかなか詳細に描かれていて、現実味があった。もちろん、ジェイムズ・ボンド氏の活躍で阻止されるのだが。

でもよく考えると、この前年の「007/ゴールドフィンガー」にも核兵器が登場する。映画では、あれが盗難品かどうかハッキリしないが、原作小説でははっきりと「NATOの基地から横流しされた」と出てくるから、まあ「ブロークン・アロー」なのかな。

ただ、これがホントに最初なのかと難詰めされると、そこまでの確信はないね。じっさい、「サンダーボール作戦」の原作小説に、核兵器盗難の発生を知ったボンドがこう述懐するシーンがある。

……ありえないことだがとうとう起こったのだ。ボンドたちの秘密情報部も、そのほか世界中のあらゆる情報機関も、いつかは起こるだろうと覚悟していた事態だ。(井上一夫訳)

このあとに有名な「スーツケースを持った目立たない男」のくだりが続く。小型の核兵器を大都会の真ん中に持ちこむという核テロのことだ。

つまり、この小説が書かれた1961年の段階では、すでに「ブロークン・アロー」による核テロの可能性は、概念としてある程度知られていたらしいということだ。そんなことを真っ先に考えるのは映画屋さんだろうから、これ以前に何らかの映画作品があったのかも知れない。知ってる人がいたら教えてください。

小説の007ではこれっきり核兵器がらみの話はないのだが、映画の007ではその後も何度も「ブロークン・アロー」が発生し、そのたびにボンド氏と観客は肝を冷やしてきている。間違いなくジェイムズ・ボンドが、世界でいちばんの「ブロークン・アロー処理人」だろう。

ついこのあいだ見直したばかりなので記憶が鮮明なのだが、アリステア・マクリーン原作の「黄金のランデブー」(1976年)も「ブロークン・アロー」ものだった。いろいろややこしい事情のあった映画で、日本公開当時に映画館にかかったバージョンでは、その「ブロークン・アロー」ぶりがぼんやりしていたのだが、今回見直したDVDの別バージョンでは、はっきり「ブロークン・アロー」であることを示すシーン(公開バージョンにはなかった)があって、なんか納得した。

「黄金のランデブー」の原作小説は1962年の発表だから、けっこう早い時期に「ブロークン・アロー」をあつかっていたことになる。この時代の冒険スパイ小説にはこのテーマの作品は、けっこう多い。ラピエール&コリンズの『第五の騎手』とかフレデリック・フォーサイスの『第四の核』とかね。

『第四の核』は1986年にひっそりと映画化されている(日本未公開・DVD発売)が、私は未見。だが007に就任する以前のピアース・ブロスナンが、悪役サイドに出ているとかなので、今度見てみなければ。

さてこの語をすっかりポピュラーにした映画「ブロークン・アロー」(1996年)は、ジョン・ウー監督の豪快なアクションと、この作品で見事に花開いた「悪役」ジョン・トラヴォルタの魅力で押し切った痛快作。ただ、初見の時から私が引っかかったのは、いくらなんでも核兵器を簡単に扱いすぎな点。実際に核爆発が起きたら、あんなもんじゃないと思うんだけどね。まあ映画にとっては、些細な欠点ではあるが。

概してアメリカのアクション映画やSF映画では、核爆発を卑小にとらえがちだ。爆発の被害とかも、描かれないことが多いしね。逆に、宇宙人でも怪獣でも隕石でも、最後は核兵器一発ドカンですべて解決ってのも多いけど。

ところで、現実に「ブロークン・アロー」が起こったことがあるのはご存じかな?

1966年1月17日にスペインで起きた「パロマレース米軍機墜落事故」がそれだ。水爆を搭載した爆撃機が空中衝突で墜落し、4個のうち3個が地上に、1個が海中に落下。地上に落ちた3個のうち2個は爆発したが、幸いにも核爆発には至らなかった(だが広範囲に放射性物質が飛散し土壌汚染を招いた)。残る1個は海底に沈み、発見されたのは80日も経ってから。つまりこの80日間は「ブロークン・アロー」状態だったのだ。

この事故は1968年に「魚が出てきた日」という一風変わったブラックコメディ映画の題材になっている。事故からまだ2年くらいの時期なんだから、なかなかに刺激的だが、作品そのものの質が異色なので、「ブロークン・アロー」的なサスペンスは希薄だったような気がする。見直してみなければ。

そういえば、わが国でも長谷川和彦監督が、沢田研二主演で1979年に作った「太陽を盗んだ男」という映画があるが、これは中学教師が原爆を自作してしまう話なので、「ブロークン・アロー」ではないか。この作品、製作予告段階では「笑う原爆」というイカしたタイトルだったのに、なぜか変えられてしまった。誰か、このタイトルでリメイクしてみないか。いやイロイロと無理かな(笑)

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