見出し画像

シリアルキラーは眠らない

それまでは「連続殺人鬼」とか呼んでいたのが「シリアルキラー」っていう、ちょっとカッコよさげなカタカナになったのは、いつ頃だったか。連続殺人犯たちの心理分析を行なったベストセラー『FBI心理分析官』がヒットした1990年代半ばごろからかな。

ざっくり言えば、「人を殺し続けなければ気がすまない心の病を負った人のうち、実際にやってしまった人」のことですね。

たぶん、人類の歴史が始まって以来、シリアルキラーはどの時代にも常にいたんでしょう。それが表沙汰になることがあまりなかっただけで。

その存在が知られるようになったのは、マスコミなるモノが発達し、それにネタとして「連続殺人」が乗っかるようになってから。

そして、その最初の例が1888年にヴィクトリア朝ロンドンを震撼させた「切り裂きジャック」であることは間違いのないところ。新聞社に犯行声明を送ったり、自ら「切り裂きジャック」を名乗ったりしながら、少なくとも5人の売春婦を殺害して死体を切り刻んだこの男(たぶん)を、シリアルキラー第1号と呼んでもいいでしょう。ついにその正体がわからないままになっているジャックは、その時代からすでに多くの小説の題材になっています。

画像1

ジャック以降も、世界のあちこちで、多くのシリアルキラーが跋扈してきました。そして、そうした連中は一般の人々の好奇心をいたく刺激しやすいので、小説だけでなく、映画のネタとしても数多く取り上げられています。

もっとも、実際の事件をそのまま映画にしても、大して面白くはなりません。現実の「連続殺人」は、小説や映画と違って、いたって地味なものなのですから。

ドキュメンタリーを除くと、現実のシリアルキラーの事件を真っ向から描いて成功したのは、1962年から1964年にかけて、ボストンで13人の女性を絞殺したとされるアルバート・デザルボをトニー・カーティスが熱演した「絞殺魔」(1968年)くらいでしょうか。殺人事件のシーンと、犯人を追うボストン市警の地道な捜査を描いたこの作品には異様な熱気がありますが、それでも殺人鬼デザルボの性格などにはかなりのフィクションが盛りこまれています。

リアルに事件を再現するよりは、こうした連中を題材にしてさまざまな粉飾を施したフィクションを作り上げる方が、面白い作品ができるようです。

たとえば、1957年に逮捕されたアメリカ・ウィスコンシン州のエド・ゲインは、自分で殺した女性や墓場から掘り出した死体でさまざまな工芸品もどきを作っていたことから有名になったマザコン殺人鬼。ハッキリした犠牲者は二人だけに過ぎない彼をシリアルキラーとして有名にしたのは、アルフレッド・ヒッチコック監督の名作「サイコ」(1960年)。ヒッチコック(と原作者のロバート・ブロック)は彼の母親との関係性にフォーカスを当てて見事な恐怖劇を作り上げました。ゲインをモデルにした殺人鬼ベイツを演じたアンソニー・パーキンスの神経質な青年ぶりが強く印象に残りますが、実際のゲインはもっとガサツな中年男だったとか。ベイツ青年は死体の皮でランプシェードを作ったりはしてませんしね。

エド・ゲインがやったような死体を解体したり加工したりする所業は、のちに「悪魔のいけにえ」(1974年)などのスラッシャームービーで、しばしば援用されています。人間の顔の皮を剝いで作ったマスクを着けた殺人鬼レザーフェイスなどは、明らかにゲインの化身でしょう(もっとも「悪魔のいけにえ」のトビー・フーパー監督はゲインをモデルにしたことを否定していますが) 

同じように事件の概要だけを使って見事なサスペンスを作り上げたのはドイツのフリッツ・ラング監督。彼の初のトーキー作品「」(1931年)のモデルになったのは、1930年に逮捕されるまで80人以上を殺害したとされ「デュッセルドルフの怪物」と呼ばれたペーター・キュルテン。舞台はベルリンに変えられるなど改変され、無差別の大量殺人を犯して追いつめられる殺人鬼の姿をスリリングに描いています。キュルテンをモデルにしたと思われる殺人鬼(これもラング監督は明確に公言していませんが)を演じたピーター・ローレの演技も相まって、この映画は名作となっています。

1968年から1974年にかけてサンフランシスコで確認されただけでも最低5人が殺害された「ゾディアック事件」は、けっきょく未解決のままで終わりました(というか現在も捜査は継続中)。この事件をモチーフにしたのが、クリント・イーストウッドの「ダーティハリー」(1971年)に登場した殺人鬼・スコルピオ。ハリー刑事の凄みと、スコルピオを演じたアンディ・ロビンソンの異常な迫力で時代を象徴する名画となった作品ですが、その迫力はこれが「現実の事件」だという意識から醸し出されたものだったのでしょうか。実際に映画が製作公開された時期には、まだゾディアックの殺人は続いていたと言われていますから。

ほかにも実在のシリアルキラーをモデルにした映画はたくさんあります。ただ実際の事件の持つ迫力に寄りかかった安直な作品は、概して成功しないようです。数多く作られている「切り裂きジャック」の映画にしても、同時代の「シャーロック・ホームズ」とからめたりしたもの以外は、あんまりうまくできたものはありません。映画は題材だけでは作れないんだという教訓なのかもしれませんね。

  映画つれづれ 目次


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?