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きみはモス・フィルムを見たか?

中古DVDで入手した「妖婆・死棺の呪い」という映画をひさびさに見た。前に見たのは昼間のテレビ放送で、もういつのことかも覚えていないくらいむかし。大々的にカットされた吹き替えバージョンだったように思う。

ご存知の方も多いと思うが、これはめずらしいソ連製のホラー映画。原作の中編小説がロシアの文豪ゴーゴリの作品なので、例外的に製作されたともいう。なにか異様にムードのある映画で、一度見ると強烈な印象がずーっと残るたぐいの映画だ。1967年の作品。【画像のリンク先はamazon.co.jp】

そうか、崩壊したのがもう20年以上むかしのことなので、「ソ連」がピンとこない人も多いんだろうな。社会主義陣営のボスで、アメリカ合衆国と並ぶ超大国(私がこういうことを習っているころは、まだ中華人民共和国は超大国ではなかった)だった。そのせいで「ソビエト社会主義人民共和国連邦」なんて正式国名を、いまだに覚えているのだ。

とにかくデカい「社会主義(共産主義)」の国というイメージがあったが、アメリカと違ってその文化に触れることはあまりなかった。その例外が「ソ連映画」だった。

ソ連は社会主義国家だったので、私企業はなく、すべて国営企業(と習った)なので映画会社も国営で、その会社名が「モス・フィルム」だった。

今回見た「妖婆・死棺の呪い」の冒頭にも、ちゃんとモス・フィルムのオープニングタイトルが入る。若そうな男女が手を携えて鎌とハンマーを掲げている彫像のやつ。ある程度の年齢の人ならピンと来るはず。

なぜか、映画を見はじめのころの私が、自分の意志で最初に劇場で見た映画のひとつが、このモス・フィルム製の超大作戦争映画「ベルリン大攻防戦」(1971年)だった。たしか、祖父に新宿の映画館に連れて行ってもらったと思う。1972年の日本公開だから、中学生だったか。

見終わってから知ったのだが、この映画はソ連が国威をかけて大祖国戦争(ソ連では第2次世界大戦の対ドイツ戦をこう呼んだ)の全貌を描くべく、巨費を投じて製作した超々大作「ヨーロッパの解放」の第4部と第5部だった。【画像のリンク先はamazon.co.jp】

ちなみに「ヨーロッパの解放」の第1部「クルスク大戦車戦」と第2部「ドニエプル渡河大作戦」はやはり2作合わせて1970年に公開され、第3部の「大包囲撃滅作戦」は翌1971年に公開されていたが、私は今日に至るまで、見たことはない。総じて、大味で平板で、ダラダラ長いばかりというのが定評。じっさい、第1部第2部は計185分、第3部は130分、「ベルリン大攻防戦」も160分ある。いまでは見たくもない長さだね。

ただ、当時まだハリウッド製のケレン味あふれる戦争映画をあまり知らなかった私は、けっこう感銘を受けた。クライマックスで、ドイツ国会議事堂の頂に赤旗が翻るシーンとかけっこう興奮したし、ベルリン動物園で檻がこわれて外に出た猛獣(豹だったっけ)にソ連軍の将軍がおっかなびっくりというシーンとか、意外に覚えている。

たぶん、わりと気に入ったのだろう、その後にレコード屋で見つけた「ヨーロッパの解放」主題曲の45回転のドーナッツ盤(死語)は、たぶん今でもわが家に眠っている。サントラ盤と銘打っていたと思う。A面が「メインテーマ」でB面が「大マーチ」という曲名がいいね。最後に聴いてからもう数十年たってると思うが、いまだにメロディはよく覚えている。

すぐにハリウッド映画に触れた私は、その後はモス・フィルムの映画はほとんど見ていない。長い映画キライだもんね(笑)

その例外が、黒澤明がモス・フィルムに招聘されて監督した「デルス・ウザーラ」(1975年)だ。

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かの有名な「トラ・トラ・トラ」事件(知ってる?)のあと、「どですかでん」(1970年)を最後に、日本では干された形になっていた黒澤が、ソ連に招かれて映画を撮るというのは、ちょっとした事件だった。大きな話題にもなり、私も家族とともに見に行った。

ロシア人探検家と先住民ガイドの交流をテーマとした重厚な作品で、今ではこういう映画は苦手としている私だが、当時はやはり感動したものだ。再見はしてないが。

1970年代に黒澤が撮った映画はこれだけ。だがこの作品で、ボンクラ映画初心者の私を感動させたのみならず、モスクワ国際映画祭大賞、アカデミー賞外国語映画賞を獲得したのだから、世界のクロサワの面目躍如たるものがあった。この成功をテコに、1980年の「影武者」での「国内復活」にこぎつけたわけだ。

「ベルリン大攻防戦」でも「デルス・ウザーラ」でも、今回あらためて見直した「妖婆・死棺の呪い」でも、印象に残るのが、その画面のだだっ広さである。

偶然だろうが、いずれの映画でも、広大な平原、巨大な森林、悠然たる大河……アメリカ映画でもときどき思うが、こうした大地は映画だけでなく、超大国というものを形作るうえで、必要必須なものなのかもしれないな。

そんなモス・フィルムの映画を見なくなって久しい。じつはソ連解体後も、モス・フィルムは製作を続けているのだが。

ソ連解体後は国営から私企業に転じたモス・フィルム。製作本数もヒット作も激減し、いまや年間600本以上を製作し、東のハリウッドといわれた昔日の面影はない。

ただ、過去の膨大な作品群の多くは日本では公開されていないままだし、私も見ていない作品のほうが多い。プロパガンダ中心だとか、空虚で大味な作品ばかりだとかいったイメージがあるせいだろうか。

だが、考えてみたら、けっこうバラエティに富んだ作品が多いのも事実。「妖婆・死棺の呪い」もしかりだし、「惑星ソラリス」(1972年)のようなSF映画の秀作もある。シャーロック・ホームズ映画まであるという。

メキシコ・ファンタスティック映画に続き、またぞろ別の底なし沼を見つけてしまった気がする。いやどちらかといえば、広漠たる大草原か。

この大草原、今ではじつはけっこうソフト化やネット配信が進んでいる。YouTubeなどにも多くの作品が流出しているようだ。

覚悟を決めて、この大草原を探検してみるのもいいかもしれない。

ヒマになったらね(笑)

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