あこがれのナイトクラブ

先日、テレビの番組で赤羽にあるキャバレー「ハリウッド」が紹介されていた。昭和の香りが残る店内の様子を見て、行ったこともないくせに、妙に懐かしい気がした。

私がまだ少年だったころ、キャバレーというのはどこにでもよくあるものだった。どーんと店名が書かれた電飾看板は、ちょっとした繁華街には必ずあった。当時私が住んでいた高円寺界隈にもキャバレーがあって、夕方を過ぎるとハッピを着た兄ちゃんたちが盛んに呼び込みをしていたもんだ。

そんなキャバレーは、70年代から80年代くらいまで日本で大流行し、前述の「ハリウッド」のほかにも「ロンドン」とか「ハワイ」といったチェーン店が鎬を削っていた。

もちろん、当時の私は年齢も所持金もとても足りず、こうしたキャバレーで遊んだことはない。

だが、中がどんなのかはだいたいわかっている。というのも、こうしたキャバレーは、映画にちょくちょく登場しているからだ。ことにギャング映画には欠かせない舞台のひとつだ。

岡本喜八監督の「暗黒街シリーズ」では、地方都市のキャバレーとかナイトクラブがたいていギャングの本拠地になっていて、華やかなダンスフロアの裏に、組織のボスや殺し屋がたむろしているオフィスがあったりする。ヒーローやヒロインが連れ込まれるのはたいていこのオフィスだが、痛めつけられるときはボスの「ここを汚すな」的なセリフで廃工場などへ連れて行かれるのが常道。

暗黒街の対決」(1960年)では、雇われた殺し屋が偽装のためにステージに出てコーラスを披露するなんて一幕もあった。その曲が「月を消しちゃえ」という物騒なタイトルだったっけ。

なぜか洋の東西を問わず、こうしたナイトクラブのたぐいは、よからぬ連中のたまり場になるものらしい(あくまでフィクションの世界の話だけですよ)

フレドリック・ブラウンの短編小説に「町を求む」というのがあり、縄張り争いに敗れたギャングが新たなるテリトリーへ進出するべく、その手段を解説するくだりがある。その第一歩が「手ごろなナイトクラブをひらく」 ここから賄賂や荒事を使って徐々に町を支配していくんだそうだ。なるほど。

たとえばフランク・シナトラと、その子分たちが出る映画では、たいがい彼らはナイトクラブにたまっている。「七人の愚連隊」(1963年)とか「オーシャンと11人の仲間」(1960年)とかね。酒飲んで、タバコ吸って、オネエチャン口説いて、カードゲーム三昧。あいつら、いったい職業は何なんだろう? たぶん「遊び人」てやつだな。

シナトラ一家のサミー・デイヴィス・ジュニアとピーター・ローフォードが作った「君は銃口/俺は引金」(1968年)なんて映画では、2人でナイトクラブを経営していたな。趣味が昂じてしまったんだろうか。

こうした映画から察するに、アメリカのナイトクラブでは、酒が出て、オネエチャンがいて、ギャンブル(カードかサイコロ)ができる。つまり、飲む・打つ・買うがすべてできる娯楽の殿堂なわけだ。

香港映画のナイトクラブでは、たいがいギャンブルルームがあり、異常に高額のマージャンが行なわれていたりするのは、「ゴッドギャンブラー」(1989年)とかでおなじみ。当然黒社会の大物がドーンと座っていたりする。

ジャッキー・チェンの「デッドヒート」(1995年)で物議をかもした、ヤクザの巣窟になっている仙台のパチンコ屋などは、このイメージの延長上のものなんだろうな。

ただ、こうしたナイトクラブは世界中で減少傾向にあるのかもしれない。資本主義が元気な時代の産物なのかな、やっぱり。

かつてはテレビで深夜映画などを見ていると、たいがいキャバレーのCMが流れてきた。「たのしいロンドン ゆかいなロンドン ロンドン ロンド~ン」という「ロンドン」のコーラスは今も耳に残っていたりするが、それも今は懐かしい。もはやキャバレーは絶滅危惧種なのだ。

前述した「ハリウッド」はまだ数店残っているそうだが、「ロンドン」はすでになくなった。「ハワイ」は、その後業種を転向し、コンビニ業界へ進出、現在は「ローソン」になっているそうだ。知ってた?

そんなわけで、キャバレーも、そのうち映画のなかのファンタジーということになってしまうんだろうか。

ところで、サラリと「キャバレー」と「ナイトクラブ」とを混ぜて書いたが、じつは両者には違いがあるそうだ。

「ナイトクラブ」は女性同伴の客も入れるけど、「キャバレー」は男性客のみが入るんだそうだ。理由? 知りませんよ、私は(笑)

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