未発売映画劇場「ドラゴン捜査網」
もう返還されて20年も経つので、かつて香港が英国領だったことを知らない世代もいるわけです。
紙幣に女王陛下の顔が印刷され、パスポートへの入国印も英国王冠の意匠、そして「総督府」なるお役所がセントラル(中環)にありました。あそこは、まぎれもない英国だったのです。
そんな時代には、当然ながら英国と香港の映画界には、わりと交流があったようです。
香港から世界的な空手映画のブームが起こったころ、英国ホラーの名門であるハマー・プロと香港のショウ・ブラザース(邵氏兄弟有限公司)が合作した怪作「ドラゴンvs7人の吸血鬼」(1973年)なんてのがあって、公開当時はへえと思ったもんですが。
さてこの「Five Golden Dragons」は、いちおう英国製のアクション映画ですが、最後にクレジットされるように、ほぼ全編を香港のショウ・プラザースのスタジオと香港ロケで撮影しています。
製作年は1967年。そう、007シリーズがヒットし、それこそ雨後のタケノコのようにスパイ映画を代表とする「軽アクション」映画が大流行していた時代。本作もそんな作品です。
全世界規模の犯罪組織「Five Golden Dragons」は、顔も正体も不明で世界各地に拠点を持つ5人のボスによって支配されていますが、そのうちの一人が香港にいます。その正体を偶然に探る羽目になるアメリカ人のプレイボーイ、ボブは、思わぬことからその正体に肉薄します。
というのがあらすじですが、正直言って、うまくまとまっていません。
そもそも主人公のボブが、いまいちはっきりしないキャラクター。
演じるボブ・カミングスは第二次大戦前から活躍する二枚目俳優ですが、この時点ではすでに下り坂。プレイボーイという設定のわりには女性相手にあたふたするし、これといってアクションに強いわけでもない。
あんた、いったい何者なんだいと問いかけたくなります。
悪役側には、後年のしあがる、若き日の怪優クラウス・キンスキーがいたりしますが、もう一つ活かせていない。
ラスト付近に正体を現わす組織の4人のボスたちは、ブライアン・ドンレヴィ、クリストファー・リー、ジョージ・ラフト、ダン・デュリエ。
不必要なまでに大物ぞろいですが、効果なし。
香港警察の腕利き警部に、私が勝手に「香港の三船敏郎」と呼んでいるロイ・チャオが扮しているのですが、まあ彼が唯一気を吐いているといったところでしょうか。
映画のタッチ自体も、最初はヒッチコック風の巻き込まれサスペンス風に始まるのですが、なぜか途中で突然ショッカーの戦闘員みたいなのが出てきて、それまでのムードを根底からぶち壊し。そこらへんから突如コメディアクションに変じたりと、いささか首をひねる出来栄えであります。
まあ、映画のクレジットを見て、その時点ですでに覚悟していたことではありますが。
この映画の脚本を書いたのはピーター・ウェルベック。
ほら「そして誰もいなくなった」を3回作って3作ともあんなにしちゃったあの人です。
当然、プロデューサーは、その正体でもある「イギリスのロジャー・コーマン」ことハリー・アラン・タワーズ。
なんとなく納得いったね。
にもかかわらず、私にはこの映画がけっこう楽しめたのは、全編の舞台となる香港の風景のせいでしょう。
街中でがんがんロケしているので、1960年代半ばの香港の街がたっぷり拝めます。
私が香港に行くようになったのは1980年代も後半から。香港の街は移り変わりが激しいので、現在ではその時点とくらべても、ずいぶん街の様子は変わっていますが、それでもだいたいの位置関係などは変わらないので、なんとなくわかります。
それと同じことが、そのさらに20年前の香港の風景でもわかるのは、なかなか面白いことでした。
犯罪組織の巣窟があるナイトクラブは、観光名所であるタイガーバームガーデンに設定されていたりして、「ああ、ここ、ここ」などとうなずきたくなります(その後に規模が縮小されているので、往時の規模やたたずまいは、いっそう興味をそそります)
いまはもう存在しない、カイタック(啓徳)空港の、あのスリルあふれる狭い滑走路なども懐かしく見ることができました。
映画ってのは、こうしたタイムカプセル的な楽しみ方もできるのがいいんですよね。これも映画の醍醐味のひとつでしょう。
ところで、悪の巣窟となっているナイトクラブでのことですが、主役級の歌姫に扮するマーガレット・リーが歌を披露するそのステージに、ゲスト歌手として日本の人気アイドル歌手(当時)の伊東ゆかりが出演しているのは、いったいどういうわけなんでしょうか?
当時は業界最大手の渡辺プロに所属していたはずのトップ歌手が、着物姿で日本語の歌を一曲披露する、たったそれだけのために香港まで出張って、こんな怪しげな映画に出演したのには、何か裏事情でもあったのですか? だって、映画のストーリー上はまったく不必要なシーンですし、彼女もこのシーン以外には出演していません(クレジットはちゃんとされています)
謎であります。
映画全体の出来ばえからして当然のような気もしますが、この映画、けっきょく日本では劇場未公開、未ソフト化。後年、テレビで放送したときのタイトルが「ドラゴン捜査網」でありました。
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