旅行でとらぶる(3)税関苦戦編

結婚してからもしばらくは仕事を続けていた妻が、会社を辞めてフリーになることになりました。

勤め人時代とは違ってある程度時間を自由に使えるようになったので、さっそくワールドコン(世界SF大会)に出かけることにしました。1991年、場所はシカゴ。

このときは単独で出かけていったのですが、えらく面白かったとかで、翌年のフロリダ開催のワールドコンへは夫婦で行こうということになりました。そう、新婚旅行で行ったフロリダ州オーランドで、その年(1992年)のワールドコンが開催されるのも、何かの縁ということです。

とはいえ、まだ勤め人の私は、そうそう長期間の休みも取れません。

そこで、まず妻だけが先行してフロリダ入りし、遅れて私が行って向こうで合流という旅程を組みました。

やめときゃよかった(笑)

後発の私にとって大きなメリットだったのは、先に行く妻に、着替えその他を詰め込んだスーツケースを持って行ってもらえたこと。手荷物だけで行けば、空港での荷物待ちも何もなく、身軽に旅立てるってことです。たしかにこれは気楽でよかった。

妻に遅れること数日、私も順調に成田から飛び立ちました。

ただ、一人旅なので、長い長いフライトのあいだの退屈さは尋常でなかったですね。やはり人間、話しかける相手くらいはいた方がいいってことでしょうか。

こうしてよろよろとアメリカへ。

このときには、もう数回アメリカ旅行の経験も積んでいたので、入国審査を終え、荷物のピックアップもないので、さっさと税関審査へ。

そこのゲートで待っていたのは、プロレスラーのような巨漢。当時人気のスタン・ハンセンを思わせる迫力満点な風貌のオッサンです。本物のハンセンと違うのは、その腰に拳銃が提げられていること。

行ったことのある人はおわかりでしょうが、アメリカ入国の税関検査はごく簡単なモノ。とくに英語のスキルがなくても大丈夫です。

このときも、「入国目的は?」「いつまでいる?」「ホテルはどこ?」くらいだと想定していました。そう外れてはいなかったんですが。

定番の質問に「観光だ」「6日間だ」などと気楽に答えた、その後のことです。

「なんで荷物がないんだ?」

1週間の旅なのに、手回り品しかもっていないので、そりゃ訊いてみたくなるでしょうね。

しかし、この質問は私にとって想定外。

そこでとっさに「ワイフが先に行っているので、荷物は持って行ってもらっているんだ」などという答えがスラスラ出てくるほどの英語力は、私にはありません。

それでもシドロモドロでなんとか理由を説明したんですが、目の前のハンセン氏は、あまり納得いってない様子です。

まだ9・11よりもはるかに前のこと。いまだったら、間違いなくテロ容疑者かなんかと疑われていたことでしょう。

100パーセント納得しなかったらしいハンセン氏、そのかわりにということか、手荷物を見せろと言ってきました。

ちょっとホッとして、手荷物を入れたバッグを渡します。まあ怪しいものは入っていないから大丈夫だろう……そんなことはなかったんですが。

ごそごそと洗面用具入れの中まで調べていたハンセン氏が、不意に手を止め、鋭い目をこちらへ向けてきたのです。

「これはなんだ?」

見ると、そこには白っぽい粉末の入った小さな袋が多数。

このころ、ちょっと胃炎にかかっていた私は、医院で処方された胃薬を持って来ていたんですね。毎食後に、一日三回服用のこと。

その薬が、一見すると何に見えるか?

そう思い至った途端に、私の頭からは、すべての英語力が消滅しました。

「胃の薬 医薬品 健康のため 飲み薬 消炎剤……英語でなんと説明したらいいんだ?」

すぐに頭に浮かんだ「薬」を意味する英語は「ドラッグ」でしたが、これじゃダメなことは、すぐわかります。

どんな面接試験よりも焦りましたね。そして古今東西の試験の鉄則「焦ったらアウト」に、ものの見事に引っかかったわけです。

あーとかうーとか言ってるだけでいっこうに説明が出てこない私を、ハンセン氏の厳しい視線が射抜いています。絶対絶命か。

そこで窮余の一策、とっさに私は指で自分の胃を指し示して、顔をしかめて見せました。

この苦しまぎれのジェスチャーが通じるんだから、言葉の壁なんてのは、大したものじゃないってことです。

ハンセン氏、ひとこと。「stomach aid

ああ、胃の薬は「ストマック・エイド」でいいのかと、どんな英語教師にならうよりも強烈に学習しましたとさ。

眼つきも和やかになったハンセン氏に別れを告げて、なんとかアメリカに入国したのですが、まさかこの後にさらなるトラブルが待ち構えているとは、思ってもみませんでした。

そのお話しは、次回。

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