見出し画像

#21. チャンスの重み


「 A という単語は B という単語とともに使われることが多い」という、語と語の密接な関係のことを「コロケーション」(collocation) と呼ぶ。

(「一緒に~」という意味の接頭辞 com- と「場所」という意味の location が合わさった形なので、平たく言えば「よく一緒に置かれる(二つの単語)」ということだ)

例えば日本語で言えば、程度の甚だしい「雨」は「強い」と形容されるのが最も一般的だが、このとき「雨」という名詞は「強い」という形容詞とよくコロケートすると言う。

「固い雨」とか「たくましい雨」などと言うのは自然ではなく、やはり「強い雨」という流れが、日本語話者のぼくたちには一番違和感なく聞こえるわけである。

しかしこのコロケーションは、言語によって異なることも多い。

例えば、英語で同じように程度の甚だしい雨を言い表そうと思った場合、rain の前にはどんな形容詞が来るだろうか。

まずは日本語の「強い」に対応する strong が思い浮かび、そこから頭をはたらかせて hard, severe などが連想される。...... が、残念なことに "strong rain" とか "hard rain" , "severe rain" などと言うのは自然ではなく、英語では "heavy rain"(つまり「重い雨」)という言い方が最も一般的なのである。

画像1

( ↑ 参考までに、Google Books で 1800 年~2008 年までの "heavy rain" , "strong rain" , "hard rain" , "severe rain" それぞれの頻度を調べた結果)

どの単語にどのような単語がくっつきやすいのか、その言語の自然な話者を目指すのならば、コロケーションは避けて通れない問題である。

さて、「問題」とは書いたものの、こういったコロケーションの違いには、それぞれの言語話者の中にある感覚の違いが表れているのだとすれば、これについて知ることは、むしろ楽しい発見の連続でもある。

事実、英語に触れていて、「え、そっちではそんな言い方するの?」というコロケーションに出遭い、感心してしまうことも少なくない。

例えば、英語で「低い可能性」について言及したいとき、これに対応する英語として最も一般的なのは "little chance" や "small chance" で、"low chance" ではないのだが、面白いことに、もう一つ自然な言い方として "slim chance" というものがある。

slim といえば、日本語の「スリム」の元にもなっているように、たいてい人の体型などについて「細い」という意味を表すが、これが chance とくっついて「ほっそりとした可能性⇒わずかな望み」という風になるのはなかなか興味深い。

ちなみに、slim の対義語である fat を使った "fat chance" (太っちょの可能性) というフレーズもある。

この表現は、古くは「十分な望み」という文字通りの意味を持っていたようだが、1905 年頃には皮肉的に「見込み無し」という全く逆の意味で用いられるようになり、現在でも慣用表現として、以下のように使う:

"Maybe we'll win the championship this year."
"Fat chance!"
「今年はたぶん優勝するよ」
「いやありえないって」

ふつう人の体型について用いる slim や fat を「可能性」という実体のないものに使う感覚は、奇抜である。これらの表現を定着させたかつての英語話者は、chance というものを、なにか重さをもった人のような姿で捉えていたのだろうか。いずれにしろ、日本語を話す日本人にはなかなか理解しがたいものかもしれない。

しかし、こういった英語のコロケーションを知ることで、今後なにか見込みの薄いことで思い悩んでいるときに、ふと頭の中に痩せてガリガリの「スリムちゃん」や、ぽっちゃり系の「ファットちゃん」が、ふわふわと浮かんで舞い踊り、不安を緩和してくれるなんていうことが、あれば楽しい毎日である。

Fat chance! と言われるだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?