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【今の私ができるまで⑧】自分がいかに小さな世界で生きていたんだと気付かされた社会人1社目

にこさん(二河等)

ども、にこさんです。

さて、出生から始まったシリーズも、学生時代を終えて、社会人時代に突入しました。語ってみると一瞬ですが、本当にさまざまな経験をしてきたんだなと思います。

アイキャッチは、今はなきTony Buzanとのツーショット。世界を代表するプレゼンターであり、mindmap®︎の生みの親です。29歳の時に東京は浜松町のビルで平日4日間ぶっ続けで行われたインストラクター養成講座に、自己投資としては最高額をかけた貴重な時間を過ごしたわけです。
当時の資格取得者としては最年少だったのかな。周りは自分にとっては「異世界」にすむ諸先輩がただらけ。もう何を言っているのかわからないシーンもありましたが、最終日にはみんな打ち解けて話せていました。(ジャグリングが卒業試験でしたよw)

この象徴的な出会いをはじめとし、システムエンジニアとして勤めながら、広い世界を知るようになるのです。

都合9年間お世話になった前職では、主にERPパッケージソフトの最大手、SAPのパートナーとして、首都圏を中心とした名だたる大企業に向けたシステム導入・設計・運用保守の全般を経験させていただきました。
実際、出張とかはあまりありませんでしたが、その時間の多くを職場で過ごしていました。インフラ(サーバー、ネットワーク、ミドルウェア)の運用を担当している時間が非常に長かったなと、今振り返ると思うわけです。

素晴らしい先輩、OJT、上司に恵まれて、精神的にもとても成長させていただきました。たくさんの迷惑をかけたこともありましたが、本当にありがとうございました。この場を借りて改めてお礼させてください。(読んでくれてるかな)

「運用」って、「当たり前を守る」という考えで捉えられます。特にインフラの場合は顕著にそれが強いです。なので、「当たり前が守れない=システム障害で業務が止まる」と、めっちゃ怒られるわけです。ERPは基幹システムと呼ばれるだけあって、ミッションクリティカル(落ちちゃいけない)なものです。大企業ではなおさら。大勢の人が関わっているので、システム構成も豪勢なものだったなと思います。決算を守るために三交代制を用意し、夜勤の際には「お勤めの人たちと逆方向に進む」なんて経験もしました。(思えばあの感覚は好きでした)

そんな生活をしている中で、今のパートナーと出会うわけですが、そこから加速度的に人生が変わっていきました。
いわゆる「異業種との交流」という日常が待っていたのです。

冒頭で見せた「外国人が行う、英語オンリーのセミナー(同時通訳あり)」に行くだなんて、正直想像できませんでしたが、こういう行動を取るようになったのは、パートナーが連れて行くところで紹介される人々の「オリジナリティ&エネルギッシュ」なところから、一気に世界が広がりました。
(ちなみにmindmap®︎のきっかけをくれたのは前職の上司でした)

そこまで自分はシステムエンジニアな世界と、親会社の方々とお会いしながら、野球をするという日々がメインだったのですが、会う人会う人の豊かな個性に刺激されまくり。世の中には知らない世界がまだまだ広がっているんだなと。

そこから、「今度はあんなことを学んでみよう」という、「外へ外へ」の意識が強くなりました。学ぶことの楽しさを知り、外の世界にどんどん足を運び、自分という存在をスケールアウトするような行動が増えました。

結果どうなったか・・・それは何者にも変えられない、今表現されている自分です。正直止まることを知りません。今は不惑の年に向けて、身固めをしているような心境ではございますが、基本的には心に迷いはない感じです。

学生時代から、長いようで一瞬な社会人の中で、どれだけ多くの経験を詰めるかを楽しみたいとは思っていましたが、進め方に迷っていて、正直実現できていなかったのです。ただ、これをきっかけに加速しています。本当に学ぶのが大好きでしょうがない。今でも次に何を学ぼうかと考えているくらいです。

ここまで述べてきたさまざまな「人・もの・こと」との出会いと、自身の「家族」という存在が、次のステップに自分を進めてくれていきました。


では続き(現職編)はまた明日。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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