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悪徳業者との闘いを振り返る(東南アジア乗り鉄記②)

 さて、東南アジア乗り鉄記第二弾はぼったくりとの闘いの模様をお届けする。乗り鉄していないではないか、という批判はさておき海外旅行、とりわけアジアの旅行ではぼったくりとの闘いは避けて通れないものである。ドバイに行ったときは自分の計算ミスもあったが盛大にぼったくられたので、今回はその雪辱を晴らすべくバトルしてきた。なお、2回のバトルの両方に置いて勝利をおさめたということを先に報告しておこう。

タイのパレスに行こうという試み

 今回の旅では1日目に羽田からスワンナプームまでの移動に費やし、2日目には泰緬鉄道に出かけ、3日目にキハ183系のツアーに参加した。4日目の午後にバンコクを出てタイ-マレーシア国境のPadang Besarという駅まで寝台列車で旅をしたのだが、今回の事件は4日目の午前中に起こったのである。
 その時の私は午前中にバンコク市内を見て回り、昼ご飯を食べてから寝台列車に乗り込むことを計画していた。どこに出かけるかを考え、パレスに行くことにしたのである。パレスというのは名前からもわかる通り王宮のことであるが、敷地内にはタイで最も崇められている翡翠でできたエメラルド仏が祀られたエメラルド寺院という寺があり、それを見に行こうと考えた。行ってみたら息をのむ美しさだったのでそちらもまた記事にしたいのだが、今日はそのパレスに到着する前に巻き込まれた事件についての話である。
 バンコク市内には地下鉄が張り巡らされており、たいていの観光地に行くのに苦労するということはない。しかしその鉄道が3種類くらいあるのでややこしい(ARLという空港と市内を結ぶ路線、BTSという高架鉄道、MRTという地下鉄の3つがある)のだが、上手に使えばバンコクのひどい渋滞にはまることなくスムーズな移動ができる。しかも、たいていの移動は20バーツから40バーツ、要するに200円もしない金額で済んでしまう。車内も綺麗で安全安心である。そんなわけで、私はホテルの最寄りからパレスの最寄りまでMRTで移動することにした。

このあたりでトゥクトゥクに絡まれた。

 パレスは駅(名前は忘れた)から歩いて10分ほどだろうか。午前9時過ぎくらいにMRTを降りてパレスまで歩いていたら、一台のトゥクトゥクが近づいてきた。トゥクトゥクというのはご存じのことと思うがバンコク市内を走り回っている三輪自動車のことである。そのドライバーに「パレスは仏教の行事で10時からだ」と声をかけられた。あとから考えればこのドライバーが言ったこの言葉は、パレスで仏教の行事があるというのも開館が10時からというのもすべて真っ赤な嘘なのだが。どうもこの手のぼったくりというのはタイではメジャーであるらしい。有名観光地の近くを歩いている観光客を捕まえて「今日は開館が遅い」「今日は休みだ」などと言って半ば強引にトゥクトゥクに乗せ、グルになっているぼったくり業者のところに連れて行ってサービスや商品に見合わない多額の金銭を要求するというのはよくある話であるようだ。連れて行かれる先は宝石屋であったり水上マーケットであったり私のようにボート屋であったりするのだが、やっていることは本質的には同じである。タイの有名な観光地の近くで「○○は開いていない」と言われたら100000%詐欺業者だと思って差し支えないだろう。
 そして、このドライバーは「この先に船着き場があって、そこからボートのツアーに参加することができる」と言い、写真をいくつか示しながらこういうものが見られる、こういうものも見られる、などと説明してきた。そして自分が船着き場まで送ってやる、と言うのである。この時に船着き場までいくらか聞いたら20バーツとのことだった。今のレートなら100円弱である。トゥクトゥクには乗ってみたかったのでそれでOKして乗り込むことにした。ちなみに、この時にはまだぼったくりだと気づいていなかったので、いくつかの業者が共同で使っている船着き場があって好きなツアー会社を選べるのだろう、と思っていたのである。10時からというのもその時点では本当だと思っていたし、示された写真は綺麗だった(今考えるとそれらが船から見えるとも思えないのだが)ので、ツアーに参加するのも悪くないと考えていた。
 トゥクトゥクの乗車自体は大変楽しい経験だった。車の間をすり抜けるように走り、しかも窓がないから風をダイレクトに感じられて疾走感もあり、とても楽しかったのを覚えている。ドライバーもこれから大金が手に入るから当然のことだが愛想が良かった。コイツは詐欺師だからあの笑顔は商売用の笑顔なのだが、ドライバーとの会話も盛り上がった。

建物を支えることになって大変そうである。

 10分ほど走った橋の下でトゥクトゥクが止まり、「ここだ」とドライバーに言われて降りるように促された。「オレの友達があそこにいるから、『タイツアー』に参加したいと言え。『トリツアー』というのもあるがそっちは高い」と言うのである。この時点で「あ、少し厄介なことになったな」ということを感じ取った。先ほど述べた船着き場制度なら、気に入ったツアーがなければ適当にパレスまで戻れば良いだけであるが、こうなってしまうと逃げ道がかなり限られてしまう。しかも、「友達」である。これが通常の意味の「友達」ではなくて「ぼったくりグループの仲間」であることは私の足りない脳みそでも容易に理解できる。微妙に人通りの少ないところに連れてきたというのも怪しさ満点である。
 仕方ないのでトゥクトゥクを降り、ドライバーが「友達」と言っていたオバサン(悪意があるわけではない。さすがにお姉さんと形容するには無理がある年齢だったのだ)にツアーがいくらか尋ねると2000バーツ(10000円弱)と言うのである。これでぼったくり確定である。先ほどのトゥクトゥクが20バーツと安かったのはここで回収できるから、というわけだ。鉄道に往復3時間乗り、3食提供されて現地の移動手段もすべて貸し切りで、大勢のツアーガイドとカメラマンが添乗している半日がかりのキハ183系ツアーですら1500バーツである。1時間船に乗るだけで2000バーツはぼったくり以外の何物でもない。そもそも私が日本から持ってきたバーツは2200バーツだけである。この状況をどう打開すべきか、私と詐欺師(よりにもよって二人組)の戦いの火蓋がここに切って落とされた。

パレス内部の仏像

 最初に私が伝えたのは、「聞いていた話と違う。このドライバーとは乗る前に船着き場まで20バーツという話はしたが、ツアーがこんなに高額だとは聞いていない。そもそもツアーの選択肢がないというのもおかしな話だ。このことを説明しなかったのはお前らの責任だ、このことを先に言われていたならトゥクトゥクに乗ることもなかった」ということである。実際、嘘は何も言っていない。私がドライバーから聞いたのは船着き場まで20バーツということだけである。いきなり日本人がこんなことをまくしたててくるとは思っていなかったのだろう、二人とも黙り込んでしまった。
 相手が黙っているならこちらがさらに追い打ちをかけるチャンスである。そこで、私は「そもそも2000バーツなんて大金は持ち歩いていない。ないものはどうしようもないだろう。パレスが10時からというのも嘘だろう?私は今からパレスに戻る」というようなことを言った。ここでようやくドライバーの方が「いや、パレスは開いてない。あと40分どうするんだ」と言ってきたから「それはお前が心配することじゃない、こっちの勝手だ。少なくともこのツアーには参加したいと思わないし、そもそもできない」と返した。まあ、そんなに英語が達者なわけではないのでここに書いてあることを全部言えていたわけではないが、とにかく自信満々に、「お前らのやり口はわかっているぞ、騙そうとしても無駄だぞ」ということを示せればいいのである。
 しばらく押し問答をしているとドライバーが「お金がないならATMに行こう」と言い出した。「そんなところに行って何になる、自分のカードは国内専用だし、そもそも2000バーツなんて高すぎて払えない」と返してみても「ATMに行こう」の一点張りである。まあ、キャッシュカードが国内専用は嘘なのであるが。隣のオバサンは「とりあえず有り金を全部出せ」と強盗のようなことを言ってきたのでとりあえず持っていたバーツ(500バーツもない)を渡してみると「全然足りない」というような顔をしながら返してきた。この時点でどういう戦略が良いかを考えた私は相手を減らしてより有利な立場に立つためにATMに行くという提案を飲んで、その場を離脱することにした。ATMに行ってカードが使えないフリをして、Grabを呼んでパレスに戻ればよいという寸法である。人通りがあるところに行けば向こうも手荒なことはできないだろう。そんなわけで、ATMまではタダでいいな、ということを念押ししてトゥクトゥクに再度乗り込んだ。ドライバーはこちらの計画に気づいているはずもない。
 1軒目のATMではドライバーが離れたところで待っていたので、カードを入れたり出したり、いろんなボタンを押してみたりしながら首をひねり、カードが使えないから困るというそぶりをして見せた。トゥクトゥクに戻り「さっきも言った通り今持っているキャッシュカードは日本国内の銀行でしか使えないカードだ。もういいから降ろしてくれないか」と言ったら「もう一軒行ってみよう」などと言って勝手にトゥクトゥクを発進させてしまった。まったくもって、困った詐欺師(困らない詐欺師というのはいないのだが)である。
 二軒目に着くと、今度はドライバーがATMの近くまでついてきたので一計を案じることにした。私のキャッシュカードは海外でも使えてしまうが、レートは最悪である。一軒目でそれは確認済み(操作するフリをしているときに確認しておいた。手数料だけで1000円近くかかる。海外キャッシングだから利息もつく)だったので、何とかして使えないカードを機械に入れないといけない。そこで私はETCカードを挿入することにした。これなら見た目はキャッシュカードだし、ATMでは使えない。我ながらよく思いついたものである。
 「やっぱり使えないだろ?」と言ったら詐欺師もようやく諦めたようで、「じゃあどうするんだ」と言ってきた。「単刀直入に言わせてもらえば、もうあなたのことも『友達』のことも信用できない。さっきも言ったがパレスが10時からというのは私をここに連れてくるための嘘だろう?もういいから、Grabを使ってパレスに戻る」と言ったら「わかったわかった、じゃあ20バーツでいい。Grabより安いだろ?」と言うのでトゥクトゥクでパレスに戻ることにした。ここまでボロクソに言った相手の車(それもドアも窓もシートベルトもない)に乗るというのは少し不安な気もするが、まあ最後の思い出に乗ってみようということである。
 ここからのドライブはすごかった。用もない車線変更、急発進急ブレーキ急ハンドル、思いつく限りの危険な操作を繰り返しながら、「微笑みの国」と言われるタイで唯一見た仏頂面でトゥクトゥクはパレスに向かって走って行く。しかも、パレス近くの交差点で停止してお金を払おう、というときに100バーツ札を出したら「お釣りはない」と言う。まったくもって、最後の最後までどうしようもないヤツである。仕方ないから小銭を集めて20バーツを渡して車を降りた。ドライバーはというと、振り返りもせずに次のカモを探しに急発進していった。
 パレスに行ってみると何のことはない、通常営業である。何時から開いていたか聞いてみたら8時半という答えでひっくり返りそうになってしまった。そのあとのパレスは評判通り美しく満喫したが、印象に残っているのはこのドライバーとの攻防である。

何かのホール

イスラム美術館に行こうという試み

 さて、次はマレーシアでの話である。こちらの話は詐欺師との攻防を繰り広げたということはなくて攻防をあらかじめ回避したというだけなので、バンコクでの事件ほど面白くはないが、手口として「こういう事例がある」というのを報告しておこう。
 今回の事件の舞台はマレーシア・クアラルンプールのイスラム美術館である。クアラルンプールと言えばペトロナスツインタワーが有名だが、このイスラム美術館はツインタワー以上に訪れる価値がある場所であると思う。世界の様々な国にあるモスクの紹介から始まり、イスラム教と関連のある装飾品や絵画などが展示されていて、見ごたえのある展示を楽しめる。隣にはナショナルモスクがあって、イスラム教徒でなくとも内部を見学することができるようだ。今回は時間がなくてモスクの方には行けなかったので、今度マレーシアに行くときには訪ねてみたいと思っている。
 クアラルンプールもバンコクと同様に地下鉄が整備されているしモノレールもある。イスラム美術館に行くには地下鉄の駅から歩くことができるので、私もそうすることにした。朝は余裕があるのでそうしたのである。そして、今回の事件の現場は駅から美術館まで歩く途中にある。

イスラム美術館の外観

 駅から美術館に向けて歩いていると、近くにいたオジサンがこちらに向かって何か声をかけてきた。何かと思って聞いてみたら「この布を腰に巻け」と言うのである。モスクに行くわけではなく美術館に行くだけだ、と言ってみたが「いいから巻け」と来る。しまいには近寄ってきて勝手に布を巻き始めた。ここで最初に疑ったのはスリである。布を巻くのに乗じてポケットから財布やスマホを抜き取ろうとしているのではないか、というわけだ。だから巻くところをじっと見ていたが、どうもスリではなかったようで何もされなかった。巻き終わったオジサンは「これで大丈夫だ」と言って元のところに戻って行った。
 となれば、次に疑うのは後で金を請求されるということである。帰るときに同じところで待ち構えていて、「使ったんだから金を払え」というわけだ。そうなるとなかなかに厄介である。そんなことを言われたところでビタ一文払うわけはないからいいのだが、この日はそのあとに長距離列車に乗る予定があって、乗れなければ次の列車は7時間後になってしまう。だから、こんなところで揉めるわけにはいかなかったのだ。

このような展示品がたくさん見られる

 もちろん、このオジサンが本当にただの善人である可能性を完全に否定することはできない。タイのトゥクトゥクドライバーは明確な悪意を持った詐欺師だが、こちらは善人である(きわめて低い)可能性が存在する。本当なら巻かれているときにいくらか聞いておけば良かったのだが、あまりにもいきなりだったのとスリを警戒していたことから聞き損ねたのである。単にモスクを愛する敬虔なムスリムが少しでもモスクの環境整備(ビッグモーターのせいで意味が違って聞こえるのが残念である。決して除草剤をまいているわけではない。布をまいているだけである)に貢献しているだけの可能性も0.000000001%くらい存在しないわけではない。
 しかし、ほぼ100%の確率で帰るときに金を要求されるし、何よりトラブルで時間を食って列車に乗り損ねるリスクを考えればこのオジサンとはもう関わりを持つべきではないというのがこの時の私が導き出した結論だった。だから、美術館を見学し終わったら美術館にGrabを呼んでそのまま車でホテルに帰ることにしたのである。無事にGrabがやってきたので、一切のトラブルを回避したまま現場を離脱することに成功した。
 唯一の問題は、手元に例の布が残ってしまったことである。繰り返し使われた布でお世辞にも綺麗なわけではないだろうから、掃除に使うくらいしか使い道がない。家に帰って見てみたらところどころに穴を塞いだ跡があって、どうも使い込まれた商売道具であったらしい。その商売がまともなものかは何とも言えないが、突然布を巻きに来たオジサンも意外と繊細な仕事をしていたのかもしれない。

救世主Grab

 そんなわけで今回の旅で遭遇したぼったくり詐欺師との闘いの模様をお届けした。私の脳みそは友人と比べればだいぶポンコツだが、知恵比べには自信がある。相手がそれほど凶悪ではなかったから助かったが、こういうときに大切なのは「一歩も引かない」という姿勢で相手の目を見ながら、感情的にならずに自分の主張を淡々と低めの声で伝えることだろう。相手に乗せられたら負けなので、あくまで冷静に、「お前のやり口はわかってるぞ、なめんなよ」という気持ちを滲ませれば自然と相手は引いていくらしいというのが特にバンコクでの経験を通じて得た結論である。また旅をしていればこういう場面にも遭遇するだろうから、今回の教訓を忘れずに楽しんできたいと思う。

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