第九話 吸血鬼と司祭

 容姿、学問、武術、性格、どれをとっても完璧な女性がいた。才色兼備とは彼女の様な人のことをいうのだろう。彼女は多くの人を魅了し、多くの人達に求められることとなる。だが、彼女に触れることはできない。彼女に触れることができる者、それは彼女自身が認めた者だけである。

「あの乱暴な龍さんと翼さんが司祭に手を出して消滅したそうよ?」
「己の欲望に負けてしまったのね。」

 彼女の周囲には消滅の光が纏われていた。これは司祭と吸血鬼の物語である。

「くっ、私の負けか………槍術と弓術では敵わないな………」

 とある教育施設で二人の女性が競い合う。敗北した彼女の名をクーラ・レル・クレアといい、見事勝利を挙げた者の名をユリユミ・ルナ・ユリエルという。

「クーラ!! また負けたのか!! いつになったら勝てるんだ!!」

 クーラの家庭は厳しく、欲望に満ち溢れた父親を持ってしまった。父親のスパルタ特訓はとても残念な特訓で、しない方がいいくらいだ。父親そっくりに動いても見本となる父親が間違っているため、それでおこられても何のことかさっぱりわからない。

「ユリエルは親がいないらしいな。私は親がいないユリエルが羨ましい………。」

 クーラがいう言葉に、ユリエルが理解することなどなかった。だが、人間というものは、できた親なんて1割程度しかいない。9割の人間が犯罪を犯し、金や性欲をぶつける。沙希のことなど考えない。それがだいたいの親だ。

「ユリエル司祭、ごきげんよう。」

 ユリエルが18になると司祭に任命される。女性が司祭になることなど一切なかったのだ。最初に司祭になった女性の名を『マリア』と言った。ユリエルはマリアに続く女性司祭だ。

「このままでは男のプライドが丸つぶれではないかな?」

 女性が司祭になるということ、それは、誇り高き男共のプライドを酷く傷付けたのである。

「女よりも男の方が優れている。男の名誉を取り戻すのだ!!」

 ある日、ユリエルへ依頼が届く、それは吸血鬼退治だ。慈悲深きユリエルには、吸血鬼と言え、子供の吸血鬼を殺すことなどできないだろう。そう考えた男達は、ユリエルに吸血鬼の子供を退治にあたらせ、揚げ足を取る魂胆であった。奸計というやつだ。ユリエルがこの奸計から逃れることなどできなかった。吸血鬼の依頼を断っても難癖をつけられる。男達は期待感を胸に任務失敗の知らせを待った。

「皆様ご安心ください。悪しき吸血鬼は全て消滅させました。」

 だが、ユリエルの報告は任務失敗ではなく、任務成功であった。ユリエルが連れてきている女の子、少女の名をルシル・レシカ・ヴァンフェリカといい、人々は少女に魅了され、多くの二と人に愛されたのだ。しかし、幸せな時間は永遠ではない。年をとっても吸血鬼であるレシカの成長は人間よりも遅く、それを考慮したレシカはユリエルの家を出て行くことを決意、アルテリア共和国でレシカが中将になり悲劇は起きた。吸血鬼を匿う司祭ユリエルというレッテルをつけ、ユリエルは追放されたのだ。

「ユリエル………」

 居酒屋で待ち合わせをしていた浅川 唯(あさかわ ゆい)、獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)、ユリエルらがクーラを担ぎ上げたレシカと遭遇、それだけではない。それだけでは説明が着かないことがある。なぜ、クーラに追われてレシカに追われなかったのか、その答えはこれだ。

「それに咲夜………」

 咲夜とは獄道 沙伊治の偽名だ。レシカと咲夜は仲が良く、夜には一緒に遊んだりもしている仲だ。沙伊治もレシカの術に掛かるも命までは取られないと知っていた。『魅了の血液』、血を操り、触れたものを魅了する。それがレシカの能力だ。

「え? 咲夜って………? どういうこと? 知り合いなの?」

 唯が沙伊治に尋ねるもレシカのことは唯も知らない。クーラは日が明るい時に仕事をするが、レシカは夜に活動している。魅力の血液によって、多くの犯罪者を捉えるも、魅了された犯罪者たちは骨抜きにされ、血液も奪われる。その為、血を抜かれた彼らに意識はない。貧血、虚無感、レシカの噂が流れることなどなかった。

「ああ、少女はレシカ中将、クーラと同じ、ベルーラ王に忠誠を誓う国家騎士だ。ユリエルと知り合いだったのか? よかったじゃねぇか、再会できて―――じゃあ、俺達はこれで!!」

 白々しい、沙伊治がユリエルとレシカの関係を知らぬはずがない。沙伊治は唯の手を取ってその場から消える。ユリエルがそれを追うことなどはしない。レシカという存在に目を奪われてしまっているからだ。静寂の中、二人が見詰め合う。

「ユリエル、覚えている? 私は吸血鬼で、あなたに命を狙われた。」

 ユリエルが悲しそうに答える。視線を反らし、罪悪感さえ表情に浮かべる。

「はい、ですが、わたくしにはあなたを殺すことなどできませんでした………」

 見逃した。それは命の恩人でもあり同時にこういうことでもある。

「レシカのお母様は誰が消滅させたんだっけ?」

 仇、レシカにとってユリエルは敵仇、以前はレシカの方が弱き存在であった。今では逆だ。国家騎士中将、そして指名手配犯、黙っているユリエルにレシカがいう。

「自首してもらえるかしら? 勿論、悪いようにわしないわよ。」

 ユリエルはその場に崩れ落ち、両手を差し出す。レシカは強気な笑みさえ浮かべてユリエルの腕に手錠を掛ける。

「丁度、新しいメイドが欲しかったのよね。これからはこき使ってあげるから、覚悟してなさいよ。ユリエル。」

 ユリエルを捕まえた後、即座に緊急連絡がレシカへ届く、通信を接続すればベルーラが珍しく起きていたのだ。

「あれ? ベルーラ? 夜は寝てないとダメじゃない?」

 ベルーラ相手でも対等に話すレシカ、クーラとは違ってそういう性格なのであるが、ベルーラはレシカのそう言うところが気に入っている。

「相変わらずな返事だな。レシカの元気な声を聴くと私も夜を明かせそうだ。悪いが手短に言う。裏世界のパスポートであるブラックカードが公に知れ渡り、そのブラックカードで裏世界へ行き停戦協定を結んで欲しい。話が通じる連中であるかどうか知らないが、最優先事項だ。危ない時は大将のアルメリアも向かわせる。」

 レシカは大将の名を聞くも崩れ落ちたユリエルを見下ろしてクスリと笑い、強気な返答をする。

「裏世界だか何だか知らないけど、私に任せておけば問題ないわ。ベルーラは安心して待っていなさい。」

 ベルーラが何か言おうとした時には通信が切断されていた。心配無用、それは頼もしい言葉ではあるが、同時に不安を思わせる言葉でもある。

「アルメリア、今は春じゃないけれど、ちょっとお願いがあるの………大丈夫かしら?」

 レシカが跪くユリエルの首飾りに手を掛ける。それはユリエルが聖職者である証、銀十字架のネックレスだ。レシカがそれを奪い取れば首輪を取り出してユリエルの首に着け、引っ張る。

「あんたに似合うのは銀十字架じゃなくて、首輪じゃないかしら? 期待しているわよ。ユリエル。」

 ユリエルが引っ張られて立ち上がればレシカが上機嫌でいう。

「今度私のお気に入り、おいしいケーキを食べに行くんだから、いつまでもめそめそしてないで、早く終わらせるわよ?」

 いつものユリエルではない。罪悪感という名の十字架は今の彼女にとって、どれほどの重みだろうか、そんなことなどレシカが知る由もなかった。しばらくすると松本警部がレシカの下へ例のブラックカードを持ち込んできた。レシカがそれを受け取れば裏世界の管理者、ゲートキーパーが現れる。

「そのカードの管理を司る者です。裏世界へのカードを手にした者はどんな方でも歓迎いたします。裏世界ではルールなどありません。さぁ、どうぞご命令を………」

 レシカは難しそうな顔をして尋ねる。

「ルールがない? それじゃあ、ここであなたを殺したらどうなるのかしら?」

 ゲートキーパーと名乗る男は冷静だ。殺人予告をされても職務を全うする。

「勿論、そういう人も居ました。あなたも私と戦われますか?」

 レシカが相手の返答にニヤニヤと下から見上げて爪を構える。吸血鬼の爪は長く、真紅で美しい。レシカが魅了の魔術を扱うも今はやめておいく、好奇心旺盛で悪戯もしたかったが、任務を優先することにしたのだ。

「あなたと遊びたいけど、今は任務できてるの。だから、裏世界へ連れてってくれると助かるかな~?」

 ゲートキーパーはレシカの要望通りに裏世界へのゲートを開く。そこには戦争でも始めるかの如く、軍が群がっていた。レシカはユリエルの首輪に繋がれたロープを引っ張って果敢に入って行く。

「ブラックカードを返しに来たんだけど、表の世界に攻撃するならやめてくれないかな~?」

 裏世界の住人共がへらへらと笑い始める。レシカは全く怯まず強気な笑みさえ浮かべている。

「ここはお子様禁止だよ? よい子はねんねの時間だもんね?」

 元気よく笑みを浮かべて帰るように注意してくる女の子、その者から生えている尻尾はリスのもので、炎を連想させるかのような紅蓮の毛並み、しかし、その表情からは不快なものがない。治安の悪い世界でもこれほど陽気でいられるものなのだろうか、レシカはブラックカードを差し出して笑顔で返答した。

「これ落ちてたんだ。返して欲しい?」

 あっはっはっはっは、そう笑って返事をする。

「レシカちゃんって面白いんだね。今度一緒に食事でも行きたいな~? でも、私と戦うならやめた方がいいかもね? 裏ランキング52位の私と戦ったら、惨敗するかもよ?」

 それは虚勢ではない。ランキングは52位とそんなに高くはない。能力も炎を操る程度だろう。炎と雷を操る者がいたが、この者は違う。狡猾で獄道と同等の思考を持っているだろう。

「へぇ~、じゃあ、私とユリエルを同時に相手しても勝てるのかな~?」

 リスの亜人がレシカの頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でる。

「髑髏(どくろ)~? こいつら私が遊んであげてもいいかな~?」

 屍 髑髏(しかばね どくろ)、ネクロマンサーであり、裏ランキング3位の男だ。実力はトップクラス、髑髏は静かに告げる。

「………好きにしろ………」

 それを聞いて満面の笑みを浮かべるリスの亜人、拳を構えた後で手を前に出して『こいよ』と言わんばかりに手招きしてくる。

「あたしの名前は比那梨 火奈(ひなり ひな)、その名を覚えて国に返してあげるから安心してね。」

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