第一話 全てはロジックに過ぎない

 我々は人でありながら人知を超えることに関心を示す。人を超えることに夢を見る。それが人間だ。暴力、奸計、パワハラ、セクハラ、逃亡、裏切り、窃盗など、法律も穴だらけでしかない。法律、誰かの理想であって欲望でもある。

「そんな欠陥だらけの法律で暮らすお前らには同情するぜ………」

 誰にでも理想はある。そして、派閥が生まれる。皆が同じ思想を持つなら、我らは苦労しないだろう。しかし、その理想は決して叶わない。

「名前を書いてない教科書がなくなったってね。それは見つけられないよ。」

 法律は不十分、消えることなき犯罪、警察や国は言うだろう。『それは知らないなぁ~』と、人々の思想は十人十色、無理なものは無理と割り切る者もいれば、割り切れない者もいる。

「チェックメイト、俺の勝ちだ…」
「犯人はこいつよ!!」

 完全犯罪、必勝法、全てが穴だらけ、二人は言う。

『―――全てはロジックに過ぎない―――』

 チェス、人類が生み出したボードゲーム。このゲームは将棋と違って取った駒を使うことができない。相手のキングを取った方が勝ちとなる。詰まり、キングの駒が取られなければ負けることはない。

「取った駒が使えない。詰まり、駒交換していけば引き分けになる。駆け引きができない者達にチェスをやらせれば、駒交換をしてお互いにキングだけが残る。それがチェスだ!!」

 チェスを知る者からすれば当たり前のこと、初心者でも引き分けを狙うことは容易い。それが人々の理想だ。

「俺とチェスで勝負する? なるほど、それが狙いか………」

 しかし、違う思想を持つ者が現れる。彼女は引き分けなど狙ったりはしない。どんな人間も間違いではないと思って駒を進める。女性の一人称は俺のようだ。その黒髪女性にチェスで挑もうとしている男が言う。

「俺を『手駒』にしたいなら、これくらいの条件はクリアしてもらわないとな。」

 『これくらいの条件、なんのことだろうか?』男の言う条件とは、簡単なことさ。この引き分けを狙いやすいボードゲーム、引き分けも男の方が勝ち、それが男の言う条件、詰まり、『引き分けも貴様の負け』ということだ。

「要は、引き分けになりやすいチェスで勝てばいいだけだろ?」

 このゲームで勝てる可能性があるのは先攻である。後攻を持つと勝つことは至難の業、引き分けが取れれば御の字というくらいだ。それだけ、後手の勝率は低い。

「そうだ。だが、『先攻はこの俺だ』!!」

 なんと、男が先行で、女が後攻、これが男の言う条件だったのだ。こんなチェスをやりたがる者はプロにもいないだろう。

「ふッ、馬鹿な奴だ。俺は何も考えず、駒交換をしていけばいい。ポーンが取られたなら俺もポーンを取り返す、お前に勝ち目はない。」

 先手側が駒交換を積極的にしてくる。後手が引き分けを狙うなら仕方ないが、先手が積極的に引き分けを狙ってくる。そんなチェスをどう思うだろう。このまま駒交換を進めていけばお互いにキングだけが残ることは必至、勝負は引き分け、詰まり、黒髪女性の負けとなるのだ。

「このゲームでお前に勝ち目はない………諦めるんだな………」

女は目を閉じて瞑想する。

「盗んだ奴も馬鹿だが、盗まれた奴はもっと馬鹿だ!!」

 とりあえず、どちらも馬鹿だって言っておけば第三者は賢い意見を持っているようにも見える。それが世間体だ。そしてそれは強い思想へと変わる。しかも皆が共有する思想に、こんな勝ち目のない勝負をする黒髪女性も馬鹿であろう。

「自分の名前が書かれていない教科書を取られたって探しようがない。当たり前だろ!!」

 被害者である生徒が教員に怒られている。これが我々の現実だ。不良生徒でもわかる簡単な防犯対策、その対策を怠った。

「あいつ馬鹿だよな。自分の教科書に名前を書かないんだぜ?」

 何人いるだろう。こういう状況でも抗うことのできる人間がこの世界に何人いるのだろうか。

「違うわ。盗んだ奴も馬鹿だけど、『それを捕まえられない人間がもっと馬鹿なのよ!!』」

 一人の少女が立ち上がって言う。これも一つの思想だろう。詰まり、こういうことだ。

「ここにいる人たちは私以外全員馬鹿ってこと、生徒も先生も私より馬鹿なのよ!!」

 少女の言葉に全生徒と教員が敵意を剥き出しにする。

「そんなものどうやって探すんだよ!!」

 教員が職権乱用を覚悟にパワハラを働いているのは目に見えている。権力というものは無能な人間に持たせると私利私欲のため悪用する。黒髪女性と少女がそれぞれの対戦者、教員に言う。

―――所詮は出来損ないのもっともらしい言い訳でしかない―――

「お、おいおい、そこにビショップを置いたら………」

 強気、黒髪女性がチェスの駒であるビショップを無防備な場所に置いてしまう。

「それとも先生って生徒にも劣る存在なの?」

 不適正、相手の地位を疑問視する。

「馬鹿な!! ビショップを捨てるだと!? そんなことしたら、俺に勝つどころか、引き分けも難しくなるぞ!!?」
「じょ、冗談ではない。先生だって犯人くらい探し出せるに決まっているだろ。だ、だが、先に言ってみてもいいぞ。」

 立場、どちらが有利なのか、明白な状況。

「この勝負はもうお前の負けだ!! ビショップを捨てるとは、お前の勝機は完全に消えた!!」
「フン、子供が功績を立てたところで、上への報告は俺次第だということを忘れているとはな。子供はちょろいぜ。」

 二人が浮かべる勝利の笑み。

「どうした? そう思うならビショップを取ってみろよ?」
「それじゃあ、みんな教科書を机に出して、私がチェックするからね。」

 有利不利、それは現状の話であり、有利不利が勝敗を決める訳ではない。どんなに有利で完璧だとしても、負けてしまうときはある。逆に、勝てる訳がない相手に対しても簡単に勝ってしまう者もいる。

「俺は天才だ!!」

 狂人が自分を天才と言う。

「私は頭良くないですよ。」

 天才が自分を馬鹿だという。

 世の中の人間が全て馬鹿ならば、人間が口にする言葉は真実か偽りか、公の場では偽りを言う。裏では真実を言う。真実と嘘、それを人はどう見極めるのだろう。

「ナイトまで捨てるというのか!!?」
「名前がない教科書なんて探しだせる訳がないだろ?」

 ポーンを最後尾まで進めて黒髪女性が言う。

「ダブルチェック、いや、チェックメイトだっけ? 俺の勝ちだな………」

 少女が一人の生徒から教科書を取り上げる。

「この人が犯人で~す。」

 黒髪女性が駒を捨てた理由、チェスには有利不利を決めるのにいくつかの要素がある。まず、誰もが簡単に理解しやすいのが、残りの駒数だ。残った駒数が多ければ多いほど有利になる。どんなに頭の悪い人間でも、簡単にわかる。他にも要素があるとすれば、マスである。チェスのマスは8×8の64マス、全マスの内、半分を支配していたのだ。男はマスを全く支配していない。半分のマスと言ったが、正確には、黒マス、チェスには白マスと黒マスがある。黒髪女性は駒の数よりも黒マスを支配したのだ。

「黒と白、まるで『二つの世界』、俺はその世界の内一つを支配した。」

 少女は被害者生徒の持っている赤ペンを取り上げた。

「証拠はこの赤ペンです。どうして犯人の教科書はこの赤ペンと同じ色をしているんですか?」

 犯人と被害者の使っていた赤ペン、その明るさが違っていたのだ。それを見ていた教員が少女の功績を横取りして上に報告したのである。

「先生、教科書見つけ出したのは唯(ゆい)ちゃんだよ」

 正直な子供の声は上に届いてしまい。パワハラ教員は教員免許を剥奪された。

『―――全てはロジックに過ぎない―――』

 午前9時頃、黒髪女性が列車内で壁に凭れ掛かりながら外の景色を窓から見つめる。口元に咥えられたトースト、こんがり焼けたトーストがパリパリと音を立てる。

「………うまい。」

 トーストが焼けた香ばしさに紛れ込むバターの香り、黒髪女性は牛乳が欲しくなってしまう。そうこう思っているところ、女性は席を立ち上がり、急いで後ろの車両へと向かうのだ。そしてこう言う。

「楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ?」

 黒髪女性は少女を取り囲む大人たちの手首を掴み、男達の強姦を止めに来たのだ。手首を掴まれた男が何か言おうとすれば、それは言葉にならず悲鳴へと変わる。

「いでででで!!」

 黒髪女性が勝ち誇りながら笑みを浮かべ、男に言う。

「俺だったら今から明日の朝まで付き合ってもいいぜ?」

 黒髪女性が手を離せば男の手首が複雑な曲がり方をしている。他の男二人にも耳に残ってしまった骨が軋む鈍い音は、男の手首を複雑骨折させていた。そのことを眼球で確認し、脳に認識させる。

「冗談じゃねぇぜ!!」

 他の男達が逃げようとすれば黒髪女性が男共を一人一人掴み上げ、痴漢防止用スプレーを至近距離で噴射した。何の躊躇もなく、容赦せず顔面に噴霧物が噴射される。

「ぎゃああああああ!!」

 唐辛子の成分で造られた噴霧物が大量に目や口に入り、余りの刺激に男達は涙を流しながら気絶し、ぐったりと倒れ込んだ。黒髪女性が警察に連絡すれば助けた少女の持っている牛乳を取り、ゴクリの一口飲み込んだ。

「大丈夫だったか?」

 これが二人の運命的な出会いとなる。

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