第五話 完全無欠な能力者たち

 皇帝、彼の地位であり、国民にはその存在は偉大なものである。皇帝になれば権力が手に入る。その権力の善悪を決めるのが、『皇帝』である。

「皇帝陛下、領内に綾崎 真理(あやさき まり)の目撃情報が流れております。」

 絶対両断刀の使い手であり、世界中から指名手配犯と扱われている存在だ。

「なに!? あの『絶対両断刀』が!!?」

 綾崎 真理だけではない。獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)の存在も大きな問題だ。

「この際、獄道 沙伊治を後回しに、綾瀬 真理を先に追い出しましょう。」

 宦官らが皇帝陛下の権力を頼りに提案する。

「お待ちください! 綾瀬 真理も危険人物ではありますが、もう一人無視できない者が居ります。これを無視すれば、国が亡ぶことになるでしょう。」

 皇帝陛下が聞く。

「それは何奴!!?」

 賞金では、獄道 沙伊治の方が圧倒的で上だ。しかし、会議での扱いは他の者より優先度が低い。人は皆、目先のことしか見えていないのだ。

「『邪眼の姫』が接近しているのです!!」

 皇帝陛下が驚愕する。

「なんてことだ!!」

 獄道 沙伊治など、ただの人間の様なもの、邪眼の姫とは、見たものの命を刈り取ってしまう。『一目見ただけで相手を殺してしまう』。それが『邪眼の姫』なのだ。

「そんな奴を我が国に近づけてはならない!! どうにかしないと!!」

 一人の者が推挙する。

「私にいい考えがあります。」

 皇帝陛下が申してみよと言うところ、クーラが適任だということに話は進んでいく。クーラの扱われ方は酷いものだ。彼女の働きは一日24時間と休むことさえ許されない。

「クーラ少将か………しかし、彼女は働いてばかりで休む暇さえない。何か他の手はないのだろうか?」

 皇帝がクーラのことを気遣うも宦官らの反発は酷く凄まじい。

「何をのんきなことを言っておられるのですか!! この問題を解決しなければ国が滅んでしまうのですよ!! それに、この問題を解決できるのは『クーラしかおりません』!!」

 クーラの能力は遺伝子を自在に操ることができる。その能力を使えば、邪眼に見られながらも生命を維持することが可能だろう。絶対両断刀に斬られても彼女なら大した問題でもない。

「休みなどなくても『褒賞』を与えればわかってくれるでしょうに!!」

 皇帝陛下も理解はしている。

「確かに………『クーラしかいない』。」

 国の存亡がかかった今、頼れるものがあるなら頼る。それが人間の頭脳だ。だが、どんな大きな問題も、人の力で解決することはできる。それを忘れてしまった人間は、何のために生きているのだろうか。

「もう一人居ます………。」

 皇帝陛下のご前で広がる言葉は、真実でなければならない。だが、そんなルールなどあるはずがない。この真実を口にすれば、宦官たちは本性を現すことになる。そして、彼は異端者として、この世から捨てられる。それが定めだ。

「『獄道 沙伊治』です!!」

 獄道 沙伊治が浅川 唯(あさかわ ゆい)の呼び声を無視して呟く。

「咲夜(さくや)~~~~!!」

 背後から迫りくる綾崎 真理、その手に持っている刀、それは、唯にはただの刀にしか見えない。唯が止む無くアタッシュケースで防ごうとすれば、結果は一刀両断されることになる。だが、沙伊治がそれを許さない。

「おいおい、俺のために刀を防いでくれるのは有り難いが、こいつの刀は『絶対両断刀』と言われる代物だぜ?」

 唯を片腕で抱きかかえれば真理の刀から逃れる。

「『絶対両断刀』………?」

 唯には理解できていない。それは、相手の刀がどんなものでも両断してしまうということではない。相手の攻撃を防いではいけないという状況、『絶対回避』が求められている。その要求を理解したくはなかったのだ。

「………」

 沙伊治が現状を拒絶している唯に受け入れることを強要させたりはしない。唯の様子を黙って見つめる沙伊治、少ししてから真理の方向を見詰める。遠い目で見るかのように、現実逃避、酷なことかもしれないが、絶対両断刀と対峙していることは厳粛なる事実、受け止めなければならない。などと、人は言うのだろう。死にたくなければ覚悟を決める。当然のことだ。沙伊治が言う。

「こういう奴にモテる俺は、嫉妬されるんだろうかな………。」

 違う。唯が理解できなかったのは、現状ではない。沙伊治の心境だ。

「はッ?」

 唯が沙伊治の言葉に思わず怪訝そうな顔を向けて言う。現状を理解しているのは寧ろ、唯の方であるのだ。

「それよりも『この国の名物』を思い出しちまってな。用事はこの紙に書いてある。後は頼んだぜ。」

 そう言って紙を渡すと同時に、後ろにある駅に着地、沙伊治が唯の背を軽く押せば後ろにいる人にぶつかりつつも乗車してしまう。

「ちょ!!? 私、乗車券持ってな!!?」

 沙伊治が渡した紙から何かが落ちる。その紙切れを拾い上げると乗車券であった。

「あ、これなら駅員に券の所持を聞かれても大丈夫ね………って、そうじゃないでしょ!!」

 しまってしまった自動ドアを叩くも沙伊治は『くすり』と笑ってどこかへと走って行く。その後を追いかける真理、唖然となる唯、理解できないことは、沙伊治の戯言だけではなかったようだ。仕方なく沙伊治から受け取った紙きれに目を移せば、書かれていることを実行する。

「ごめんなさい!! 先程はぶつかってしまって………」

 『後ろにいる人間に衝突したらまずは謝罪だろ?』紙に書かれていた内容は手短で簡潔だ。その通りだと思い。唯は即座に実行した。

「いえいえ、そんなことよりも、お怪我はありませんか?」

 相手は聖職者の者だろうか、司祭の清掃と思われるリヤサを身に纏っていた。纏っていたのは服装だけではない。その者の雰囲気も聖人である。

「席が空いておりますので、よろしければどうぞ」

 唯が見れば彼女の鼻が赤い。涙目であるも表情には悪意が全く感じられず、微笑んでくれる。彼女の背中にぶつかり、鼻を壁にでもぶつけてしまったのだろうか、そう思った唯は再度謝罪する。

「本当にごめんなさい!!」

 再び頭を下げる唯に対して聖職者が唯の手をそっと取る。

「わたくしの名はユリユミ・ルナ・ユリエルと申します。お嬢さんのお名前は?」

 魔力、そんなものではないが、それに似たようなもの、魅力、善意、彼女から感じられる安心感が唯をこう思わせる。

「許してくれるのですか………?」

 ユリエルの晴れ晴れとした表情は、唯には眩しすぎた。

「はい………。」

 優しく微笑んでくれるユリエルがそっと唯を隣に座らせる。

―――ユリエルを俺の下に連れて来い―――

 紙に書かれた内容は、もっと丁寧な文章であるが、簡単に言えばそういうことになる。

「嫌な予感がする………」

 唯はその文章から不安感を覚える。しかし、ユリエルがそっと手を握ってくれたことで芽生える安心感、不安と安心が唯の中で交わり、混沌と化す。

―――この国のソフトクリームは濃厚で舌にしつこく甘さが残る。俺はそれが食べたい。道がわからなかったら親切そうな人にでも聞いてみてくれ。―――

 本当はこう書かれているのだ。『名前の無い教科書』を見つけ出す唯は高校生にして頭が切れる。一応、場所を把握しておこうと思い。ユリエルに聞く。

「この国のソフトクリームなんだけど、有名よね。ユリエルはどこにあるか知っているの?」

 ユリエルは上機嫌に答えたのだ。

「これも運命なのでしょうか、わたくしも丁度そちらへ向かうところでしたので、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

 偶然だろうか、ユリエルの目的地もそこであった。それとも何かの因果だろうか、沙伊治の思惑通りにすべてが動く。

「ダメよ! これから向かう場所はそこじゃないの! ソフトクリームを食べる前には必ず、昼食を食べてからなんだからねッ!」

 無駄な足掻き、唯は何かを忘れていた。しかし、そんなことは今となっては何も考えていない。それにしても恥ずかしい。自分でもそう思ってしまった。だが、効果的、相手が聖職者なら、子供が語る常識を曲げることはできない。

「お嬢様はとても良い子なのですね。」

 ユリエルが唯のことを褒めると、唯は悪い気分ではなかった。

「私の名前は浅川 唯よ! 子ども扱いしないで!!」

 唯は拗ねたフリをするもユリエルに頭をよしよしと撫でられて子ども扱いされる。駅を降りる唯とユリエル、その交差点で悲劇は起きる。

「唯さま!! 危ない!!」

 突如、ユリエルが唯を庇う。交差点の角、それが破損する。アタッシュケースを担いだ黒髪女性、絶対両断刀を避けるためにバックステップしたのだろう。ユリエルが庇えば絶対両断刀の軌道上に入る。詰まり、ユリエルと唯が一刀両断されるということだ。

―――え………なんで………―――

 唯は読み切ったはずであった。だが、思い出す。初めて沙伊治に出会った時を………

―――浅川 唯だろ?―――

 初対面の相手に名を呼ばれたということを………

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