第三話 獄道 沙伊治とクーラ
国を治める者、国で王を名乗り君臨する者、皇帝と国王の関係は複雑だ。いくつかの王が存在する中で、皇帝が最も信頼している王がいる。その王の名を『ベルーラ・レル・スフィアート』と言い、女の身でありながら彼女の才は国中に広がってしまった。隠すこともできない彼女の才は多くの国民を魅了した。
「誰か助けて!!」
黒いローブを身に纏い、助けを求める国民たち、ベルーラたちは被害に遭う者達を救出していたのだ。はじめは静かに暮らすつもりだったが、その噂が広まらない訳がなかった。表では花売り、影では人助け、気が付けば王となっていたのだ。
「皇帝からの勅使がお見えになりました。」
その内容は、世界で最も危険視されている『獄道 沙伊治』を逮捕するものであり、断ることはできなかった。
「皇帝に王か、断れば国賊とみなされる。私達は皇帝の奴隷か何かだろうか………」
ベルーラがこの勅命に悩んでいるところ、一人の者がベルーラ王の内心を悟り、進言する。
「その勅命、私にお任せください。」
これぞ、クーラ・レル・ルザナギスであった。ベルーラは心が痛んだ。しかし、今は仕方なく即座に申し付けたのだ。
「その勅命、このクーラに引き受けさせましょう。」
クーラが少将に任命される理由、それは実力だけではない。彼女の評価はその冷静沈着さにあるものだ。どんな窮地に立たされていても、冷静な判断ができる彼女には、ベルーラも幾度となく彼女に身を預け頼ったものだ。
「頼んだわよ。クーラ………」
沙伊治とクーラの関係は長く、複雑なものになりつつある。隠しきれないのはベルーラだけの才ではない。皇帝の闇まで見えることとなる。
「所詮、皇帝陛下は王であり、ただただ玉座に座して口を出すだけの存在でしかない。」
ベルーラ王以外の言葉になる。
「獄道 沙伊治が逮捕されただと!!?」
クーラに思わぬ知らせが入った。悪質で上へ偽りの報告を続け、悪運だけで警視庁長官に出征してしまった『グリム警視庁長官』が憎らしげに言う。
「まぁ、俺の部下の手柄だな。後で俺の手柄として皇帝に報告させてもらうよ。」
ベルーラの治安は警察の手で良くなったものではない。
「これで俺様も英雄だな。はっはっはっはっはぁッ! なんなら、確認でもしに行くかい? 国家騎士団クーラ少将様………くっくっく、あ~~~っはっはっはっはっは!!」
クーラにはそれが信じられなかった。沙伊治のいる牢へと向かう。そこには、見張りを任された『松本警部』がいた。
「ここから先は通せませんが、クーラ様ならば………私も目を瞑ることにしましょう。」
クーラは国民からは勿論、下位にある役人たちからも信頼されており、人気も高い。選挙に出れば確実に当選するだろう。
「すまない。恩に切らせてもらう。」
クーラが確認すれば、間違いなくあの沙伊治であった。
「どうやって捕まったのだ!!?」
沙伊治はクーラが現れれば少ししてから素っ気なくそっぽを向いた。
「どういうことだ!! 私はおろか、あの『エルレイン中将』ですらも捕まえることができなかったんだぞ!!」
エルレイン中将とは、ベルーラとは違う王、ダリウス・ラオ・ルベリエンの騎士で中将を任された者だ。身体を光に変える彼から逃れられる人はいない。この『獄道 沙伊治』を除いては………
「ふッ、俺は人だ。誰にだってミスはあるだろ?」
クーラはギリギリと歯ぎしりをした。普段は不愛想であり、その凛とした顔は多くの視線を引き付ける。しかし、この場だけでは、クーラが人に見せない初めての表情だった。
「………なんて顔をしやがる。」
沙伊治が言うとクーラも言い返した。
「………貴様こそ」
そう言ってクーラはその場から去っていったのだ。去り際にこういう。
「コロシアムをゲームクリアするとは思えんが、万が一、クリアしても逃がすな。最悪処刑しろ。」
ミオスタチンそれが獄道 沙伊治の体質である。彼女の体質は絶縁体も備えており、熱、電流などの抵抗も非常に高い。
「ぐぁあああああああ!!」
閃光の中将などと呼ばれていたが、エルレイン中将の右腕が吹き飛んだ。
「利き腕だけで済んでよかったな」
獄道 沙伊治、彼女が隠し持っていた鏡で光となったエルレインの体が一部反射し、吹き飛んでしまったのだ。
『全ては、ロジックに過ぎない………』
そう言い残した後で、沙伊治の姿が消え、エルレイン中将の悲鳴だけが残された。
『ドオオオオーーーーン!!』
コロシアム開始のカウントダウンが0となった途端に大爆発が起きる。
「これも所詮は『ロジック』に過ぎないぜ」
獄道 沙伊治、コロシアムを開始数秒でゲームクリア、沙伊治がパチンと指を鳴らし煙草に火を着けて吸う演技をし、それを真上に投げる。入場してから微力な魔力で水を生み出し、電気魔法で電気分解、酸素と水素が発生、水素は軽く天井に充満し、酸素は下に、充満した水素は煙草の火によって水素爆発を起こす。
「コロシアム開始数秒で獄道 沙伊治724人を爆殺、堂々の1抜けだ!!! 流石は世界レベルの指名手配犯!! その肩書きは伊達ではなかった!!」
「じゃあ、ちょっとお手洗いに行ってくるわ。」
別にトイレでなくてもどこでもよかった。たまたま女性警官がトイレに入って行ったので、その女性警官を隠し置いといたクロロホルムで背後から口元に押し付けて気絶させ、服を奪い窓から脱出、パトカーのカギも便利なものだ。ボタン一つでカギが解除され、ランプまで点灯してくれる。
『簡単すぎるぜ!!』
後は簡単だった。受付にこう言えばいいだけだ。
「こちらは市民からの贈り物だそうです。それと、コロシアムで賭けを当てた者のボディーガードを頼まれました。」
受付の者が確認した後で即座に賞金2000万の小切手が渡されるのだが………
「失礼しました。唯さまの会員カードは現金受け取りでしたね。」
アタッシュケースが二つドンと置かれたのである。
「まぁ、そういう訳よ。」
列車内で唯に問い詰められた沙伊治が経緯を話す。
「恐ろしいわね………。」
あのコロシアムを数秒でクリアして唯すらも逃がしてしまう。
「詰まり、私も指名手配犯になるのかしら?」
すぐさま携帯端末機でラジオを流す。そのラジオ内容からはビッグニュースがあるとか、その内容を心して聞く唯であったが、その内容からは喜びの様な感情が感じられたのだ。
「あの有名な『グリム警視庁長官』が毒殺されてしまいました!!」
生き生きとした声に、唯は思わず耳を傾けてしまう。マスコミもそちらのネタに食いついているのだろうか、どのニュースも毒殺ばかりだ。
「毒が入っていると思われる茶葉の缶です。テープで紙が貼られています。紙に書かれた内容、それは『グリム警視庁長官、平和をありがとう』だそうです!!」
唯には余程、有名で優秀な警視庁が亡くなったのだと思ったが、沙伊治は隣で笑ったのだ。
『ぷッ』
笑いをこらえて我慢している。
「ねぇ、警視庁長官が毒殺されたんだってさ! この国ってそんな物騒だったっけ?」
笑いを堪える沙伊治にとっては、唯の話しかける言葉がそれを擽る。
「あっはっはっはっは!!」
大いに笑う沙伊治を見て唯が理解することはなかった。この情報が報道されるまでは………
「缶からは『獄道 沙伊治の指紋』が検出されました!!」
クーラは絶望していた。それは、手柄がグリム長官に横取りされたこと、その報告内容によっては、面倒なことになる。だが、目の前で、グリム長官が死んだのだ。『遺伝子操作』それが、クーラの能力、遺伝子を自由自在に操ることができる。勿論、今ならまだ助けることができる。クーラは葛藤する。見殺しにするわけにはいかない。だが、一人の男が言う。
「何をしているのですか!! あなたの仕事は『獄道 沙伊治』を捕まえることでしょう!!」
これぞ『松本警部』であった。クーラはその言葉に自身の使命を思い出し、松本警部にその場を任せたのだった。
「待て!! 獄道 沙伊治!!」
クーラが向かえば、沙伊治はもう遠くまでパトカーで逃げていた。遠くなので沙伊治の声が聞こえない。だが、クーラの表情は穏やかであった。
「………また忙しくなりそうだ………」
そう呟いた後で表情を引き締め、見えなくなった沙伊治の姿を追い掛けたのである。
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