第七話 名を呼ばれない者達と

「あ………あぁ………お師匠様………私は、やはり………この刀を………」

 どこかの草原で岩に凭れ掛かりながら背後からの攻撃に身を委ねている者が居る。最早、抵抗する力もなく、受け続けているが、その攻撃に殺意はなく、急所も外されている。だが、意識は次第に薄れゆく、薄れゆく意識の中で昔のことを思い出していた。

「名前………書かなきゃ………」

 居酒屋でのことである。一人の黒髪女性がこんなことを言ってきた。

「この刀で全ての料理を持ってきてくれ………なんだったら、ここにいる客人達全てに配ってやっても構わないぜ?」

 店主は何を言っているのか理解できなかったが、次第に女性の言った言葉の意味を理解することになる。驚いたことだろう。驚きの感情も悪意に変わるのだからな。

「こ、この刀は!!?」

 そう、その刀こそ、『絶対両断刀』である。この刀さえあれば、全世界を跪かせることができる。店長は上機嫌でこう言うのだ。

「たまにはそんな日も悪くないですね。」

 あの『綾崎 真理(あやせ まり)』が絶対両断刀を手放したのだ。それは、爪や牙を抜かれた猛獣を意味する。『綾崎 真理』に掛けられた賞金は想像以上のものだ。黒髪女性が食事をしているところ、一人の酔っ払いがこっそりと絶対両断刀を手にする。

「がっはっはっはっは! おもしろい! おもしろいぞ!!」

 男は大いに笑う。それもそうだろう。あの『絶対両断刀』を手にすることができたのだ。人は自分の力よりも大きな何かを得る時、歓喜に酔いしれる。それは酒などでは比にならない程だろう。

「綾瀬 真理が強かったのは、この『絶対両断刀』があったからだ!!」

 黒髪女性は黙々と食事をし続ける。まるで眼中にない。

「この刀を持っているところ、貴様が『綾瀬 真理』だな? 聞く所によると、浴衣姿に仮面を身に付けていたとか、だが、そんなことはどうでもいい。一番の武器を手放すとは、気でも狂ったか?」

 正気でない者は果たしてどちらであろうか、酔っ払いも勿論、絶対両断刀を手放す黒髪女性もまた然り、酔った客人が黒髪女性に斬りかかるも『ひょい』っと避けられてしまう。この騒動に多くの客人は逃げ出してしまったが、中には警察に通報した者もいる。黒髪女性が忠告する。

「刀を納めるんだな………そんな刀で全世界の人類が跪いても、俺みたいな人間までは無理だぜ………死にたいなら話は別だがな………」

 余裕、酔っ払いの客人が最高の武器を手にしたこと、余裕、絶対両断刀を一度攻略した者、双方共に笑い出す。

「ふっふっふ………」
「くっくく………」

『ふっはっはっはっはっはっはっはっは!!』
『ぶわっはっはっはっはっは!!』

 店にいる者達は皆こう思っていた。黒髪女性に勝ち目などありはしない。『絶対両断刀』を前に、何の能力も持たない人間が、どうやって勝つというのだ。

「この刀を手放したこと、『あの世で後悔するがいい』!!」

 酔っ払いが再度、黒髪女性に斬りかかる。黒髪女性は、ふとあることを思い出す。綾崎 真理のことだ。それを思い出してさらに笑う。

「クーラ少将の手から逃れてくれて感謝するぜ。」

 ボロボロになった綾瀬 真理、その前に現れたのが極道 沙伊治(ごくどう さいぢ)。その姿に対し、真理が大いに笑う。

「あんたバカなんじゃないの!!? この私に殺されそうになって、せっかく逃げれたのに、わざわざ殺されに来るなんてね!!」

 大笑いする真理に対し、沙伊治が言う。

「せっかく逃げれるチャンスだったのに、なぜここにいるんだろうな。」

 真理が即答する。『それはお前がバカだからだ』と、だが、ダメージを追っていてもクーラから逃れるほどの気力は残っていた。沙伊治を刀で切り刻むということは何も難しくない。

「『あの世で後悔しな』!!」

 所詮はロジックに過ぎない。獄道 沙伊治が刀を避けながら言う。手負いである真理の斬撃は、素人の沙伊治にも良く見える。だが、見えるからと言って、このまま殴り倒しては意味が無い。『絶対両断刀』を攻略したうえで倒す。それが『獄道』だ。

「お前は絶対両断刀を攻略したことがあるのか? いや、ないだろうな………人は必ず、自分よりも強大な力を見せ付けられた時、恐怖する。だが、その力が自分のものになれば話は別だ。『最強の力を手に入れた』と、そんな奴の顔が歪む姿、俺が見たいのはそれだ。こんな詰まらん能力、この俺が簡単な方法で攻略してやるよ!!」

 沙伊治の手は貫かれた。真理の表情が歓喜なものから次第に変化していく。余りにも簡単すぎる攻略法は、一瞬にして真理の脳へと伝達される。

「動け………動け動け動け動け~~~!!」

 絶対両断刀は動かない。『真剣白羽取り』、その荒技みたいなものだ。貫かれた掌を内側に捻り、中手骨に挟んで固定する。『流石の絶対両断刀も峰には刃が無かったのだ』。無力化された絶対両断刀になんの価値があるだろうか、真理は絶望した。

―――絶対両断刀、それに立ち向かえし者、刀が認めし勇者であり、刀に扱われし者に名を残す資格無し―――

 真理が子供の時の話しになる。祖父の下で剣術を学ばされた真理、しかし、一つだけ疑問があった。強者であるも祖父の名が知れ渡ることのない祖父、そう、祖父は『絶対両断刀の存在』に負けたのだ。そんなある日のこと、突如、祖父が倒れ込んだ。真理は慌てて医者を呼ぼうとするも、祖父に止められる。自力で祖父が戸棚から刀と巻物を取り出せばまず、刀を真理に託す。

「この刀はどんなものでも一刀両断してしまう『絶対両断刀』じゃ。この巻物には、刀の使用者が死ぬときに名を残さねばならん。ワシはもう長くはない。従って、巻物に名を残さねばならぬ。世間はワシを見てこう呼ぶ。『絶対両断刀が来たぞ』と、そう、わしが強かったのではない。この刀が強かったのじゃ!!」

 そう言って祖父は巻物に名を書き始めた。絶対両断刀に扱われた者の欄に祖父の名前が書かれたのだ。不正が行われたとしても、名を呼ばれぬ者達の描いた字は妖力によって書き換えられる。祖父は真理に告げる。

「師が越えられなかった試練をお主に授けよう………」

 全てを真理に託した後で、祖父は静かに息を引き取ったのだ。

「名前を書かなきゃ………」

 沙伊治は命を奪うつもりはない。獄道という名を持つ以上、命を奪っていいのは『二回目以上の攻略』を要求する。それが『獄道の掟』だ。

「俺が獄道の名を持つ以上、全知全能であろうと、一度目の攻略では殺さない。不意打ちと思われたくないからな。それが獄道の名を持つ者強い力を持って調子に乗れる猿には荷が重すぎるだろ?」

 そう言って沙伊治は笑う。真理が名前を書き込んだ後で沙伊治が巻物と刀を回収する。真理が名前を書いた欄は、『絶対両断刀に扱われし者』、そう、真理の名が拡がったのではない。拡がったのは『絶対両断刀の方』だ。

「獄道 沙伊治? 綾瀬 真理? そんな雑魚が怖いのかお前らは?」

 一人の男が飲食店で口を出す。この世界での情報は外よりも早く流れる。綾崎 真理が殺されたこと、『この世界』では大騒ぎだ。男に口を出されて感情的になる者達がその男一人を囲う。この世界に道徳は無い。囲まれた男は立ち上がりこう言う。

「表でやろうぜ?」

 男が表に出れば誰一人不意打するものはいない。それは珍しいことだ。暗殺、毒殺、なんでもありのこの世界で堂々と戦う。それは、取り囲まれた男の評価が低く、舐められているから不意打ちも不要と考えられたのだ。

「ランキング500位にも満たない小僧がでかい口叩いてくれるじゃねぇか?」
「兄貴のランキングは28位なんだぞ?」

 ランキング、この世界ではそれが存在するらしい。綾瀬 真理のランキングは13位だ。

「俺の剣が絶対両断刀としたら、貴様はこの剣に切り裂かれた時、綾瀬 真理に勝てなかったことを意味する。この意味が解るな?」

 男は何も言わず、また構えることもせずにこう答えた。

「俺が勝ったら、俺のランキングは13位にでもなるのか? まぁいい、だが、その剣を俺に向けて斬りかかれば、お前が死ぬことになる。」

居酒屋の酔っ払いが言う。

「綾瀬 真理!! 貴様の賞金も貰った!!」

 黒髪女性は再び掌を構えるも手を貫かれた痛みがから余裕の表情は消えてしまう。手が痛い。

「ッ!? ………ちょっとかっこつけ過ぎたかな?………」

 男と黒髪女性は人差し指を向け、指先から電の魔術を放つ、その雷撃は相手の持つ剣、刀、それぞれの峰に流れ込み、一気に電力を上げて相手を感電死させてしまう。

「ランキング13位は『朝倉 龍(あさくら ゆう)』であるこの俺が貰い、獄道 沙伊治は俺が殺す。」
「巻物に名を刻んでおこう。この獄道 沙伊治の名をな!!」

 黒髪女性は巻物に名を刻み込み、続けてこう言う。

「俺の名は『絶対両断刀』を極めし者、獄道 沙伊治だ!! 朝倉 優ごときがこの俺を殺す? はッ、笑わせてくれるぜ!!」

 なぜ情報が早いかと言うと、監視カメラの様なものが仕掛けられているのだ。我々の世界が表の世界と表現するのならば、彼らの世界は『裏世界』、映像に映し出される沙伊治の姿に、裏世界が騒ぎ出す。

「獄道 沙伊治は裏世界の存在すらも知っていた………!!?」

 朝倉 龍は歯を喰いしばった。

「この俺が眼中にないだと!?」

 拳を握りしめて映像に映る沙伊治を睨み付ける。映像の沙伊治が答える。

「ないぜ?」

 激怒した朝倉は感情を抑えることができず、飛び出してしまうのだ。

「ゲートキーパー!! 表世界への扉を開け!!」

 ゲートが開けば朝倉が沙伊治の下へと急ぐ、近くに置かれているバイクを盗み、電流を走らせて無理矢理動かしたのだ。ある程度走ったところで何か糸の様なものが切れる音が響く。しかし、バイクのエンジン音で朝倉には届かない。後ろタイヤに何かの液体がぶっかかる。

「なんだ? この異臭は? な!!?」

―――キィーーーーーー………ガシャーン!!―――

 バイク後輪が摩擦力を失いスリップ、制御できなくなったバイクは朝倉と主に正面衝突、事故死したのだ。この情報は裏世界の住人を凍り付かせる。しかし、獄道 沙伊治からすれば大いに笑える出来事でしかない。あらかじめ用意されていたバイクへの細工も簡単なものである。裏世界の監視カメラでは、ただ沙伊治がバイクに触れただけ、『絶対両断刀を二度も攻略』し、朝倉 龍の挑戦すら許さない。この情報は『裏の王』にも届くこととなってしまうだろう。

「獄道 沙伊治………この世界を脅かす存在がいたとは………だが、この俺は『全知全能』!! すぐに歴史を変えてやるぜ!!」

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