第四話 自己欺瞞の正義
コーヒーの香り、目覚めには申し分ないものだ。ホテルで一泊する獄道 沙伊治の朝であるが、そこに浅川 唯は居ない。別室、同室では何かと困ることもあるだろう。コーヒーにミルクと砂糖を好みで入れ、そっと口に含ませる。その苦みと甘みが下を刺激して、数分後には目覚めさせられる。朝日を浴びようと窓辺に行けば、外からこんな声がする。
「咲夜(さくや)~、おはよ~!!」
窓の外から少女の声がすれば、その声のする方を見ると、少女は沙伊治の方を見詰めて言ったのだ。『偽名』、獄道 沙伊治のことを『咲夜』と呼ばせた。
「ちッ、読み違えたか………」
獄道 沙伊治にも読み間違える要素はある。占いがどれだけ優れていても、異常値までは予測することができない。統計、優位水準、それを外れた者達をどう判断するのだろうか、答えは簡単だ。『浅川 唯を消す』。それが、異常値で生きる者の定め、だが、沙伊治はそう考えたりはしない。
「異国の地故に、活動時間がズレている。それとも、お前も俺と同じ、異常者であり、常人ではないのかもな………」
そっと瞳を閉じてコーヒーを嗜むクーラの姿は他の者が見れば高評価である。
「クーラ少将、先日はお疲れ様です。」
松本警部がクーラに接触する。クーラはコーヒーを置き、頭を下げたのだ。
「そのようなこと、おやめください!!」
正常値、松本警部はそう呼べるような人間ではないかもしれない。異常値、グリム警視庁長官、毒殺に手を貸したという事実、クーラはこんなことを言う。
「あなたは警察官失格です。」
松本警部の心が痛む、その表情は今にも崩れ落ちそうだ。
「警察などあなたには似合わない。私の下で働いてみないだろうか?」
その言葉の意味を松本警部はしばらく理解することができなかった。すぐに理解できたのは、話の最中にそっと飲んだ。そのコーヒーの苦みである。
「適材適所、グリム長官の処分も適切だったのかもしれませんね………」
その言葉が出て来た時には、松本警部の顔色も良くなっていた。クーラの晴れた顔はそれ以上だと知る者は少ない。
「晴れた顔してるな。何かいいことでもあったのか?」
沙伊治が唯に聞く。
「うん、沙………咲夜!! 」
一文字目、同じ故に言い直すことができる。簡単なロジックだ。
「悪ガキを捕まえていたのよ!!」
二手目、悪ガキを捕まえたのは、もう一人居る。
「俺も罠を仕掛けといた。仲間だな。」
獲物を見比べる。
「咲夜ぁ、どういうことかな?」
沙伊治が唯の捕まえた子供に訳を話させる。
「そいつが弟のおもちゃを取り上げたんだ!!」
つまり、こういうことだ。
「真犯人がいたということ、唯が犯人と思っていた子供は、真犯人に嵌められた。逃亡の中、ジョギングしていた唯を見かけ、大声で助けを呼ぶ。唯が子供を取り押さえているうちに、真犯人が逃げるということだ。」
自己欺瞞の正義、犯罪が起きてから動く警察、予測で犯人を捕まえる者、正確な情報を持つが故に、真犯人を捉える者、情報能力の差が大きく出たと言える。
「唯、お前が捕まえている子供はお前と同じ、正義感から動いたものだ。悪人の策略にはまり、同志で潰し合う。益々相手の思う壷だな。」
唯は謝罪しておもちゃを取り返し、捕まえていた子供におもちゃを渡して返してやった。
「さて、正しい心を持った者たちを騙した罪は高くつくぜ?」
沙伊治はその両親の家に行き、躾けるように言うと、逆に怒られた。沙伊治は怯みもせず、両親の名前を言い当てて悪行の数々を述べれば、勝手に家に入り込み不正契約書を取り出した。なんと、家族そろって犯罪一家だったのだ。罪無き者達を騙し、無理矢理契約させたその悪行は、沙伊治の手によって破り捨てられる。
「これで無効になった訳だが、警察にも突き出しといてやるぜ。」
抵抗する家族に対し、殴る蹴るの暴行で片付ける沙伊治、最早、やりたい放題であった。警察と国家騎士少将がすぐに駆け付けて来た。
「どうも、『咲夜』です。」
クーラの視線が咲夜と名乗る沙伊治に突き刺さる。
「沙………『咲夜さん』、ご協力感謝いたします。松本警部、この家族全員を署へお願いします。」
松本警部は全てを悟り、クーラの言われた通りにした。クーラが再び沙伊治に視線を突き刺せばこう言うのであった。複雑な気分だ。それでも言わなければならない。義を通すならば、礼であろう。
「貴様の正体は私が暴いてやる………。」
クーラがそう言って敬礼し、その場を去って行く。しかし、咲夜がそれを許さない。クーラの方に置かれた手がクーラを振り返させた。
「一般市民として言う。あなたの『成功』を祈っています。さよなら………」
クーラは顔色一つ変えずにこう言ってその場ら立ち去る。
「さよなら、『咲夜』、もう会うこともないでしょう………。」
自己欺瞞の正義、二人の仲にある感情だろう。人知れず犯罪者を逃がすこと、犯罪者でありながら、犯人を捕まえ警察に通報する者、それは欺瞞か否か、
「………」
沙伊治が何か本を取り、中を開く、『社長になれる人間は俺のように残虐な性格でなければならない。優しい人間には社長になれない。』などと書かれている。己の犯罪行為を世間に認めさせる。悪質な本であろう。
「自分も騙して他社も騙す………『自己欺瞞の正義』だな………」
そう言って沙伊治が本をゴミ捨て場に投げ捨てた。
―――コンッ!
王であるダリウス・ラオ・ルベリエンがエルレイン中将の部屋を訪れた。その時のノックの音だ。
「エルレイン、一体何があった?」
エルレインが沙伊治を一瞬で捕まえる。誰もがそう思い疑わなかったことだ。その予想は、ただの妄想でしかなかった。それでも考えられない。人が光から逃れられることができるだろうか、答えは不可能だ。
「なぜだ!! なぜお主ほどの男が!! なぜ負けたんだ!!」
エルレイン中将がドアの下から手紙を寄越す。あんなにも自信に満ち溢れていたエルレイン、右腕を失ってから変わってしまった。誰にも負けるはずがない。エルレインの返事はこれだ。
『わからない。気が付けば、自分の右腕が吹っ飛んでいた。』
筆談ではあるが、それがエルレインの答えだ。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶望の悲鳴、エルレインの自信が砕かれた音がダリウスの耳に嫌でも聞こえてくる。
「獄道 沙伊治………」
ダリウスがその名を口にする。それと同時に、もう一人の者も咲夜を尾行しながら口にした。姿は浴衣姿、側頭部上側に狐の仮面、刀を腰に携えて、命を狙おうとしている。誰もが思うだろう。エルレインが向かえば、沙伊治は捕まる。結果、エルレイン重症、まさかの任務失敗である。沙伊治の魔力も絶無みたいなもの、唯一の能力はミオスタチン、普通の人間と言う評価、それが世界クラスで指名手配犯と評される。
「私よりも評価が上だと、ふざけている………」
その女が持つのは『絶対両断刀』、どんなものでも両断してしまう。それが例え、気、魔力であっても二つに引き裂いてしまう。
「この綾瀬 真理(あやせ まり)に斬れぬ者など、ありはしないわ。」
彼女の脳裏に浮かぶのは、ミオスタチンと言えど、簡単に切り裂かれた沙伊治の姿、唯がその殺意に気が付くと沙伊治の服を掴む、しかし、沙伊治は振り返らない。目を合わせようとしない。唯が気付く、別の他の者に気を取られていると、焦る唯、服を強く引くも微動だにしない。好機と見るや真理が刀を抜いて静かに飛び掛かる。
「咲夜!!」
唯が大声で沙伊治の偽名を叫ぶ。
―――ピシッ!!
お気に入りのマグカップが割れる音、容姿は幼いが、衣装は華やか、可愛らしさが大人の魅力を凌駕する。
「もぉ~~~~!! 私の大切なマグカップ割れたじゃない!!」
コウモリの様な小さな翼を懸命に拡げて怒る姿が何とも言えない。
「も、申し訳ございません!!」
少女の機嫌は一気に不機嫌となる。
「それ私の大切な物なんだからねッ!!」
真紅の瞳、赤く長い爪、口元から出る鋭くも小さな牙、ベルーラ王の下で国家騎士、中将を務める。その名をルシルフ・レシカ・ヴェンフェリカと言う。
「絶対許さない!!」
カプリと使用人の首元を甘噛みする。気性は激しいが、そこまで乱暴はしない。だが、今回は違う。
「いだッ!!! いだだだだ!!!」
余程、大切にしていたもののようだ。一見どこにでも売っているマグカップだが、レシカにとってその価値は異常なものだ。
「クーラに直してもらうから直ぐに呼んで~~~~~!!!!」
クーラの通信機が鳴り響く。
「緊急警報!? レシカ中将!!? どうかしましたか!!?」
その内容にしばらく頭を抱えるクーラ、返事は直ちに向かうとのこと、しかし、なぜ、このタイミングで、何かの予兆だろうか、クーラが列車に乗ろうとした時、聖職者の者とすれ違う。振り返った時、そこに彼女の姿はもう見えない。
「レシカ様、急用が入りました。必ず、後でそっちに向かいます。」
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