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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』74

…ただし、監督チャンバのサインは、
四球狙いの待球作戦ではない。
とびきりの強攻策、速攻策だ。

この作戦をセインの口から聞いた時、
ヤナガはうなった。
賭博的に過ぎる一手なのではないか?
下手をすると、一瞬で走者全員が
アウトになるのではないだろうか。
ひるんだヤナガの内心を見透かしたのか、
寝台に横たわるセインは、
荒い息の中でこう言った。

「…ヤナガ、お前ならできるさ。
何も考えず、全力で振り抜けばいい。
…できる」

臣下として仕える身だ。
瀕死の主君にそこまで言われたのでは、
言わないわけにはいくまい。
ヤナガは内心で一呼吸を置くと、
重大過ぎるバットの一撃を振り抜いたのである。

「私は、盟王代行として、
卿らの了承を得たいことがある…!」

口調をあえて変えて、
三人の顔を再びじろりと見渡す。

「私は連盟の在り方を変える。
我が国は、北のピノグリア大公国と合併していく。
そのために、まずは権力を集中させておきたいのだ。
五大都市の自治を改め、
市長の代わりに中央から代官を派遣、
各都市を治めさせることにする。
大公国と同じ方式だ。…どうだ?」

部屋の空気が帯電する。
各都市の地方自治から、
中央集権体制へ変える、だと…!?
それではもはや連盟ではない。
一人の権力者、皇帝が
直接支配する「帝国」ではないか…。

先回りして、ヤナガはさらに続けた。

「新しい帝国の名前は、
ピノローズ帝国にする。
すでに大公側の了承は得ている。
どちらかがどちらかの傘下に入るのではない。
対等な合併だ。

当然、北の国と合併する以上、
首都も北に移さねばなるまい。
ローズ市長、卿の都市の対岸には、
何という都市がある?」

賢明なローズ市長、この紋白蝶には、
彼が言わんとすることが分かった。

「対岸の都市は、ピノワールです。
そして、我が都市の名はモダローズ。…もしや」

「その通りだ。ピノワールとモダローズを
合併させて、新首都ピノローズをつくる」

ヤナガは次に、蟷螂に向き直り、熱弁を奮う。

「新帝国の軸となる方針は、貿易の振興である。
海路だけではないぞ。
北西から砂漠を越えていく『オアシスロード』を、
積極的に開拓する。ミルコ市長。
北西のカベルーネとの結びつきを深めて、
隊商路の要衝として
モスミルコを発展させていきたい。

クワス市長。…そうしてこそ、
海路への出入り口である
ダマクワスの繁栄も増すというものだ」

最後に黒牛の顔をひとにらみしたヤナガは、
彼らに決断を迫った。

「どうだ? 私の言うことに、異存はあるか?」

黒牛は無表情。蟷螂は眉を上げ、
紋白蝶はハンカチで汗をぬぐった。
沈黙が部屋の中を覆った。しかし、
ダマクワスの市長、アキナスがその沈黙を破った。

「…我がダマクワスは、
都市の版図と住民の戸籍とをすべて、
盟王代行陛下に謹んで差し上げましょう。
旧支配者の私がそのまま
都市に居座っていては、連盟政府、いや、
帝国政府の差しさわりともなりかねない。
どうぞ我が一族に、新首都、
ピノローズでの住居をお与えください。
私自身は、新帝国のご意向に従い、
どんな土地にも喜んで向かいます」

残る二人の市長も顔を見合わせて、
口々に言った。

「オアシスロードの開拓は、
以前から我が都市でも
研究していたところでございます。
その成果を、我が版籍とともに
新帝国に捧げます。
どうぞご自由にお使いください!」

「我が都市が新しき国の中心となれますこと、
旧ケテコリマの時代から、綿々と
街づくりをしてきた甲斐がございました!
新首都ピノローズに、
新しき帝国の旗を立てましょう」

ヤナガは内心で嘆息しつつ、
口に出しては威厳を持ってこう言った。

「ダマクワス、モスミルコ、モダローズ、
そして我がオルドローズ。
黒と緑と白と、赤のバラだ。
それぞれの花は一本ではか細いが、
束になれば北の国とも渡り合える。
各市長、よくぞ決断なされた!
盟王陛下に成り代わって、このセイン、
心より礼を申し上げる」

頭を下げながら、ヤナガは舌を巻く。
鉄壁の三遊間を抜く痛烈な打球だ!
ピノグリア大公国との結びつきをちらつかせて、
新首都と陸路貿易という甘美な権益を
掲げながら、裏では海路貿易の軸、
ダマクワスとあらかじめ手を結んでおく。

あの老監督、どこまで
この流れを読んでいたのか…!
彼は老いた名将の脚本の通りに、
次の台詞を口にする。

「…ただし、できれば四本ではなく、
六本のバラをすべて束にしたいものだ。
そう、西の茶色のバラと、
東の紫色のバラも加えたい。そこで、だ」

代打の盟王代行は、地図を指し示した。

「一気呵成にことを進めたい。
相手に時間を与えない。
バボン市長とカシス市長の想像を超える
機動力で仕掛けていくのだ。
ついては、卿らに頼みたいことがある…」

…これからの作戦に向けて、
詳細な内容が討議されていった。

会議が終わり、セイン盟王代行こと、
影武者のヤナガは先に部屋を出る。
後には、三人の市長が残された。

彼らは誰先ともなく視線を交わし合うと、
ため息をついた。
未来への高揚、過去への慨嘆、
そして連盟の歴史を大きく動かした、
という充実がそこに含まれていた。
ただ同時に彼らは、
自分自身と一族の未来に想いを致す。

この作戦が実った時、
国の枠組みががらりと変わる。
もう自分たちは、これまで慣れ親しんだ
都市の支配者ではなくなるだろう。
どのような新しい秩序が生まれていくのか。
どの場所に自分の旗を立てていくべきか…?

さらに彼らは、新帝国の
支配者についても考えていく。
考えざるを得ない。

…未曾有の功績を立てる
「盟王代行陛下」のセインは、
新しい帝国の中で
どんな役割を担っていくのか。
イッケハマル盟王陛下とは、
どう折り合いをつけるのか。
ココロン姫とリーブル王子との結婚は、
どのような意味合いを持つようになるのか…。

これまでの「籠」から出ていく
決断をした彼らであった。
新帝国が迎えるであろう状況と、
これからの自分自身の立ち回りを、
すでにぐるぐると考え始めている。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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