見出し画像

長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』21

3、頭上からの剛速球

ココロンとミシェルは、初対面ではない。

オルドローズ学院の野球部にいた頃、
三年前の特別試合の前だっただろうか。
ミシェルはチャンバとともに
練習を見に来たのだ。

当時、便利屋稼業をしていたタスクスと、
ココロンが初めて会った時でもある。
ただしその時、
彼女は「調香師の先生」としか、
ミシェルのことを認識していなかった。
ミシェルは、学院の調香師資格講座の
非常勤講師をしていたのだ。

父である盟王から
「異母姉と異母兄がいる」ということを
じかに聞かされたのは、数か月前のこと。

ココロンは、長兄のセイン、長姉のマオチャ、
次兄のクランべ、この三人だけが
きょうだいだと聞かされていた。
他にも父親の子どもがいる、という話は
彼女を驚かせた。

「その二人は、セインより年上なのだ。
今は、モダローズの街に住んでいる」

「…そうなのですね。
ぜひ、改めてお会いして、
ゆっくりとお話をしたく存じます」

「うむ、今度の最後の大会が終わったら、
段取りをつけてやろう」

その話が今日、急に実った。
しかし、予想と実際のミシェルは、
やや違っていた。

「ココロン。
隣国の王子と結婚するということが、
どういうことなのか理解している?」

牽制球で走者を刺すように、
ずけりと聞いてくる。
優雅な雰囲気はかけらもない。

「どういうことか、とおっしゃいますと…?」

「あなたは、お妃の地位を得ることが、
お姫様のハッピーエンドか何かと
勘違いしてないかしら?
とんでもない、これは戦いの号砲。
いや、すでに開始の合図は鳴らされている」

結婚という慶事に似合わぬ
『戦い』という物騒な言葉を、
ミシェルは使った。

「野球ならば、審判が宣告してから、
正式に試合が始まる。
だけれど、この戦いはすでに
何年も前から始まっているの。
…私が生まれる、ずっと前から、ね」

姉は、何を言おうとしているのだろうか?

明敏なココロン姫であったが、
ミシェルの真意を測りかねた。
今日の姉は、ほとんど化粧をしていない。
ぶっきらぼうで、構っていない姿。
青い作業着姿の彼女は、
以前会った時とはまるで別人だ。

ミシェルは、言葉を継いだ。

「南のローズシティ連盟、
北のピノグリア大公国、
この国の成り立ちは学んだ?」

「オルドローズ学院での講義と、
教育係のイナモン卿から、一通りは」

「では、二つの国が元は一つの国だった、と
いうことも知っているわよね?」

「はい。ピノグリア大公国の
さらに北に広がる砂漠、
そこを本拠地にする『砂漠の民』からの
支配を脱するために、
現在の大公国の首都、ロマコンティで
反乱が起きたのが始まりだ、
と聞いております。

反乱の首領であった
ロマコンティ一世が勢力を広げて、
南端のダマクワスまで占領した後で、
皇帝を名乗り即位、建国した。
…そう学んでおります」

「その通り。
ただ、じきにキュシェ川を境にして、
国は分裂していった。

北は、ロマコンティ王家の譜代の家臣、
大公爵の位にあった
シャー・ペトリスが王家を乗っ取って、
今のピノグリア大公国の源流になった。

その一方、南では各地の都市国家、
今の首都と五大都市が独立していき、
都市同士の抗争、
長い戦乱の時代が続いていく…。
それを統一したのが」

「父上、ドグリン・イッケハマル
盟王陛下、ですね」

ココロン姫の言葉を聞いて、
ミシェルは深くうなずいた。

「…ここまでが、歴史の教科書に書いてある、
表向きの歴史よ。だけどね、
バラの花の色が
土壌や水、外気で変わるように、
その裏にあることも知っておかなきゃいけない」

ココロンも、深くうなずいた。

「この国にいる、古貴族と新貴族。
これについて、
あなたはどこまで知っているの?」

「父上によって取り立てられた貴族が、
新貴族です。
私の今の教育係、イナモン卿のエーワーン家も、
新貴族の一つだと聞き及んでおります。

一方で、マース・チャンバ卿のマース家や、
イッケハマル家の前身、
父上の出身の旧イッケニー家・旧リバハマル家、
それに、各都市を治める
市長の皆様の一族などは、古貴族。
…この認識で、合っておりますでしょうか」

「うん、そんなところ。
要は、お父様が台頭する前に、
このローズシティ連盟を
牛耳っていたのが古貴族で、
その後に栄えたのが新貴族。
そういうことよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

次回はこちら↓

前回はこちら↓

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!