見出し画像

ウィルソンと言えば、第一次世界大戦後に国際連盟を提唱したアメリカ合衆国の大統領として知られている。国連の生みの親、素晴らしい政治家!…とも言い切れない、賛否両論がある、というのが、本記事の趣旨である。

1856年の生まれ。牧師の家に生まれた彼には、文字の読み書きが苦手、という学習障害があった。9歳まで文字が読めず、11歳まで文章を書くことができなかった。しかし、速記を独学で覚え、政治学を修めた。苦労人にして努力家。大学の教授、学長、知事を歴任し、1913年に大統領にまで上り詰めた。歴代の大統領の中でも屈指の知性派で、「行政学の父」とも呼ばれた。

就任の翌年、1914年に起こった「第一次世界大戦」に対しては、最初は、中立を保った。しかし1917年にドイツに宣戦布告する。満を持してのアメリカの参戦は、三国協商側の勝利をもたらした。アメリカここにあり、という存在感を、世界に存分に見せつけたと言っていい。

そもそも第一次世界大戦は、ビスマルク失脚後のドイツ皇帝、ヴィルヘルム二世の「火遊び」的な外交戦略が大きな原因である。ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟側と、イギリス・フランス・ロシアの三国協商側。ビスマルクが腐心した「フランス孤立化政策」は、ヴィルヘルム二世の独断的な政策で帳消しにされた。挙句の果ての開戦である。

勝った国も負けた国も、ヨーロッパ諸国は大きなダメージを受け、徐々に国力を減らしていった。

そこで代わりに台頭していったのが、アメリカ合衆国であり、大戦中の1917年に革命が起きたロシア、のちのソヴィエト連邦(ソ連)であった。

ウィルソンは1918年に、有名な「十四か条の平和原則」を出した。民族自決。各民族は、自分たちのことを自分で決めよう。国際連盟。みんなで世界大戦が再び起きないよう連盟を作ろう。などなどである。

この提案を言葉面だけでとらえて、「これは素晴らしい!」「世界平和、万歳!」というのは簡単だ。しかし、本当に良いものであったのかどうかは、ちょっと注意して考えてみる必要がある。

まず「民族自決」なのだが、そもそもウィルソン率いるアメリカは、イギリスやフランスの味方であった。イギリスやフランスは、海外にたくさんの植民地を持っている。ゆえに、両国に配慮して限定的なものにならざるを得なかった。

主に、敵であるドイツやオーストリアやオスマン帝国に向けての「民族自決」だったのである。ドイツは植民地を放棄し、オーストリアが大きな影響力を持っていた東欧・中欧では、たくさんの独立国が生まれていった。オスマン帝国の影響力が弱まった中東もそうだ。…これらの国は、ソ連に対する西欧の防波堤として使われることになる。

アジアなど他の地域にも「民族自決」の影響は及んだ。しかし、果たしてこれは「平和」に結びついたのか。第一次世界大戦後のごたごたを考えると、少し疑問が残るところだ。

東欧では、独立国がたくさん生まれた。ゆえに、現在まで「民族浄化」「国境紛争」の火種が多く残っている。中東も、現在に至るまで、紛争や戦争が多い地域である。

植民地は、「民族自決」の大義名分を掲げて武器を取り、武装蜂起するところも少なくなかった。ウィルソンの理想的な提言は、かえって現実の社会の火に、油を注いでしまった一面があるのではないだろうか?

「国際連盟」はどうか。再び世界大戦を起こることを防げたのだろうか? …違う。国際連盟は第二次世界大戦が起こることを防ぐことはできなかった。そもそも言い出しっぺのアメリカ合衆国が、連盟に加わらなかった。第二次世界大戦後にできた「国際連合」と違って、連盟では「総会の全会一致」でものごとを決めようとしたため、各国の利害が対立して身動きが取れなかった。なお、日本は国際連盟の常任理事国だったが、1931年の満州事変の影響もあり、1933年には連盟脱退を表明している。

このようにウィルソンは「理想家」ではあったが、「現実の世界の情勢を平和にする」という観点から考えると、いささか怪しいところがあった。1919年には『国際連盟を作った』功績でノーベル平和賞を受賞したが、どれだけ彼の提言は平和をもたらしたのだろうか?

同年、彼は脳梗塞をわずらい、大統領の執務が事実上不可能となった。1921年に大統領退任、1924年死去。

建国以後、孤立気味だったアメリカ合衆国を「世界」の表舞台に立たせ、その後も「世界の盟主」として活躍させたのは、間違いなく彼の功績だ。

ただそれは同時に、アメリカと世界の各地域に、色々な「重荷」を負わせたようにも思われる。何かを建設しようとしながら、火が広がりやすい枯草を増やしたようなものだ。

アメリカ合衆国のトランプ元大統領は、「アメリカ・ファースト」をことあるごとに叫んでいた。それは、この「ウィルソン主義」に対する、強烈なアンチテーゼだったのではないだろうか。

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!