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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』27

6、野球と蹴球

あっけに取られた一同の中で、
最初に動いたのはココロンである。
駆け出した。
止める間もなく、大広間を出ていった。
彼女は足が速い。

後には、凸凹姉弟と忠実な小間使い、
それにイナモンが残った。
急に、場の空気が弛緩する。

「…なんだ、あれは?
とんだじゃじゃ馬、いや、
じゃじゃ駱駝の姫君だな」

イナモンがそう嘆息すると、
ミシェルが冷静に応じた。

「シャー・パンナ。
ピノグリア大公国の姫君にして、大公の娘。
留学先から、つい先日、帰ってきたそうよ。
しかしまあ、私が思っていたより、
ずいぶんと行動的なお方だこと」

ランプが、残りのお茶を口にして、
ふう、と息をついてから言った。

「あの姫君、トムヤム君民国で、
礼儀というものを学んでこなかったのかな…」

その言葉を聞いて、イナモンは驚く。

「駱駝姫の留学先は、
トムヤム君民国だったのか!
それにしてもここから、
ずいぶんと遠く離れているだろう。
どうやって彼女はあの国まで行ったんだ?」

そのあたりの事情は、
香水商人であるランプのほうが詳しい。

「ピノグリア大公国の北に、
砂漠が広がっていることを知っているな?
首都ロマコンティの西に、
カベルーネという街がある。
そこから、砂漠を越える隊商たちが使う
『オアシスロード』が、
北西に伸びているんだ。

おそらくそのルートで、陸路を通って
大陸の中心部を抜けて、
トムヤム君民国に向かったんだろうな。
あの服装を見れば、わかる」

「ふむ、そのような道があるのは知っているが、
かなりの難路だ、とも聞いているぞ」

「ああ、過酷な道さ。
十代の普通の女性が
やすやすと通れる道じゃないと思う。
そこを往復して、
しかも帰国してすぐにこちらに来た。
恐ろしいほどの情熱と体力を持った駱駝だ」

…その駱駝姫は、館の前で
馬の背に乗った時、
ココロンに呼び止められている。

「待って! あなたと、
もう少しお話をしたいんだけど」

赤バラの超特急二世の呼びかけを、
隣国の姫はすげなくあしらった。

「私のほうは、話すことはない。
即答しなかった。できなかった。それで十分」

「…何よ、それ。無礼にもほどがあるわ!」

怒気をはらんだココロンを、
パンナは馬上から見下ろした。
どうやらこの姫は単騎、お供も連れずに
ここまでやってきたらしい。

「ふーん、無礼と来たか。
それならば、覚悟も持たずに
結婚をしようとするほうが、
よほど無礼じゃないかしら?」

「…何よ、いきなり乗り込んできてさ、
結婚を望んでいるの、とか、
覚悟はあるのか、とか!

私はね、つい先日まで、
お父様の希望もあって、
ひたすら野球に打ち込んできた。
あなたがどう過ごしてきたのかは
知らないけど、過酷な練習に明け暮れて、
心身を鍛えて、その合間には
盟王の娘として恥ずかしくないよう、
勉学にも励んできたわ。

たった一回の質問に
すぐに答えなかったからと言って、
早合点して立ち去ろうとするほうが
よほど無礼よ!」

「…じゃあ、聞くわ。
あなたは、この国とピノグリア大公国を、
どうしたいの?」

「…どうしたいって?」

「隣国の王子と結婚するということは、
ゆくゆくは両国を
その背にしょって立つ、ということよ。
どこに導くのか。
何をするのか。
当然、そのことまで考えているわよね?」

「…」

もちろんココロンも、
考えていないわけではない。
しかし、それはまだ霧の中にあるようなもの。
すぐに言葉にできるほど、
自分の中で明確な言語化はされていなかった。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、ぜんかい5章まで公開)
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