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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』75

6、直球勝負と変化球

ディッシュ大陸の南東部の情勢が
刻々と変わる中で、大陸の北西部では、
三人の男女が海を越えて
ミックススパイス島へと向かっている。

エーワーン・イナモン。
ドグリン・ココロン。
トゥモ・ロッカ。

大貴族と、姫君と、元奴隷の小間使いである。
しかしこの三人の意識の中では、
身分と立場の違いがすでに薄れてきていた。
国という枠を超えて一緒に旅をする中では、
人の意識の中の枠もまた、
崩れていくものかもしれない。

イナモンが、二人に行程を説明した。

「盟王陛下は、島の北の端にある
ラム岬に向かった、とのこと。
となれば、サングリアという港町で
船を降りて、そこから
岬へと向かう道が良いようです」

「イナモン卿、サングリアとは?」

「島の北部の港町です。
街並みの美しさから『北海の水晶』とも
呼ばれております。
…ボジョンヌやダマクワス、
カトルエピスの港とは、
また違った風景が楽しめましょうな」

イナモンはことさらに明るく言ったのだが、
ココロンは暗い表情で返事をする。

「そうか。しかし、あまり、
旅を楽しむ気にはならんのう…」

イナモンにもロッカにも、
彼女の心情は痛いほどわかっていた。
連盟の最高権力者である父親が、
自分の国を留守にしてまで、
秘密裏に、はるばる
「地の果て」まで向かったのだ。

そこには何か、他人には明かせないような、
深くて重い事情があるのだろう。

三人は同時に、ここにはいない元同行者、
駱駝色の髪の女性の顔を思い浮かべた。
もし彼女がいれば、
笑い飛ばすかのようにココロンに
鋭くつっこみを入れるはずだ。
そこから何やかやと
二人の言い争いが始まることだろう。

しかし今、彼女はここにいない。
いればいたなりに、いなければいないなりに、
人の心をざわつかせる駱駝姫であった。

重苦しい空気を振り払うように、
ロッカが言った。

「姫様。かの島には『魔王ダギー』という
お菓子があるそうですよ?」

「…?」

「カトルエピスの港を出る時に、
島の案内本を読んでみたんです。
丸っこい猫の形をした可愛いドーナツです。
老舗の菓子店の創業者が、
自分の飼い猫をモチーフにして
創作したとのこと。

最初は黒いチョコドーナツの
一種類でしたが、
茶色、白色と増えていきました」

「…そうか。アズーナが聞いたら、
自分でも作ってみるわ!と
言い出しそうじゃな」

イナモンが、澄ました顔で言った。

「そしてそれをタスクスの奴に食べさせる、
という展開になるでしょう。
あの男も、我が妹の
専属の試食係にさせられて、
兄ながら心配が尽きません。

赤バラの超特急一世。
…ドーナツをのどにつまらせて、
あの世に向かって超特急、
とならなければいいが」

アズーナとタスクスの顔を思い浮かべて、
三人は思わず噴き出してしまった。
笑いながらもココロンは、
この二人の心遣いに感謝している。

「…暗い顔をしていても、
良い球は投げられぬものじゃ。
開き直って、全力でど真ん中に投げ込む。
そのほうがかえって打者を打ち取れるもの。
そうじゃな、イナモン卿?」

「御意」

姫に、笑顔が戻った。
嬉しそうな表情を浮かべるロッカの横で、
イナモンは深々と頭を下げる。

この姫には、やはり笑顔が良く似合う。

どんな結果が待っているのかはわからないが、
自分の未来に
明るく立ち向かっていってほしいと、
この元教育係は考えていた。

ミネストラで船を降り、
早速『魔王ダギー』を味わった一行は、
そこから馬車を借りてラム岬へと向かう。
さすがに未知の土地である。
地理に詳しい馭者を雇うことにした。

「へえ! お客さん、
ローズシティ連盟から来なすったのか?
それはまあ、遠い所から。
バラの香水で有名な国でしたかの。
わしも『夫』に一度買ってあげたいが、
高うてのう…」

馭者は、話好きの中年女性であった。

何でもこの地域では、
昔からの風習で女性が男性よりも地位が高く、
女性は積極的に外に働きに出て、
男性は家の中で家事を
することが多いそうである。
出発する前、彼女は聞かれもしないのに、
色々と近況を教えてくれた。

「わしじゃなかったけども、
ちょっと前にも、
遠い国から来たお方を馬車で
乗せていったそうだで?
その時も確か、ローズシティ連盟から来た、と
言っておったそうだがの」

三人は顔を見合わせる。
…盟王陛下のことだろうか?

「その遠方からのお客さんは、
一人でラム岬に向かったのですか?」

「詳しいことはわからんけども、
岬のほうから逆にお迎えが来て、
この街で一番豪華な馬車を
借りていったそうだて。
ずいぶんと親し気に
お迎えの人と話しておったそうな」

ますます分からない。

親し気だった…? 盟王陛下は、
この島にも知り合いがいるのか?

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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