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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』20

きびきびとスタンが促すと、
ロッカが先に立って扉を開ける。
見事な阿吽の呼吸。

「…姉上は、後からいらっしゃるのか?」

ミシェルをちらりと見ながら、
ココロンが聞く。
スタンは、ええ、とうなずいた。

「後ほど、ゆっくりと姫とお話ししたい、と
申されておりました。今は、こちらへ」

館の正面玄関には、
『バー・マイローズ』という
看板がかかっていた。

「立派な館じゃのう。
先ほどのバラ園といい、
これほどの美しい館は、首都にも少ない」

「恐れ入ります。ご主人様たちは、
以前はオルドローズにいらっしゃったのですが、
タスクス様とアズーナ様にお館を
お店としてお貸しして、三年前に
こちらの場所へと移られたのです。

元々は貴族の別荘。

その後にはレストランとして
使われておりましたが、
それをミシェル様とランプ様が譲り受けて、
お店を移転してきた次第にございます」

ロッカが、流れるように説明した。

スタンは軽く一礼し、
先に廊下を進んでいく。
おそらく、もてなしのお茶の
用意でもするのだろう。
相変わらず、無駄のない動きである。

「こちらが、大広間になっております」

ロッカがノブに手を
かけようとした、その時。

中からすっと扉が開く。
そこには、青黒色の髪を
肩の下あたりで束ねて、
貴族らしい白っぽい仕事着を着こなした、
一人の小男が立っている。
彼は満面の笑みを浮かべ、両手を広げた。

「ようこそ、バー・マイローズへ!」

芝居がかった仕草で、
一行に向かって優雅に一礼をした。

「当館の主人が一人、
ローズガーデン・ランプ。
姫に再びお会いできる日を、
今か今かと楽しみにしておりました!」

「これは兄上…!
失礼をいたしました。
お久しゅうございます」

「決勝は、実に惜しかったね。
負けはしたが、
君の大活躍で、私も鼻が高い。
さあ、堅苦しい挨拶は抜きだ。
疲れたろう。
座ってゆっくりお茶でも飲んでいただこう。
イナモンも皆様も、こちらへどうぞ」

…ココロンの異母兄、「昼のランプ」は
ずいぶん社交的なんだな、と
イナモンは思った。

彼らは、旧知の仲である。

バラの香水を扱う商人が、
ランプの「昼の顔」だ。
しかし、イナモンが
これまでに会ってきたのは、
主に「夜のランプ」であった。

こじゃれた黒の燕尾服に身を固め、
辛辣な毒舌を吐く男のイメージ。

しかし今の姿は、
どう見ても社交的で優雅な
海千山千の香水商人だった。
昼と夜とで、この姉弟は
姿を使い分けているようだ。

…だが、それを言うなら、
このココロン姫も同じか。
黄色の髪の双子の給仕を受けながら、
イナモンは内心で考えている。

球場におけるイッケニー・コーンは、
人呼んで「赤バラの超特急二世」、
二刀流のエースであった。
しかし今のドグリン・ココロンは、
立派な姫君にしか見えない。
しかしまあ、揃いも揃って器用なこと。
さすがは口八丁手八丁の
盟王陛下の子どもたちだぜ、と感心していた。

しばらく世間話をした後である。
がちゃり、と出入口の扉が開いた。

先ほどの作業着の女性が、
その服装のまま、不意に現れたのだ。
ミシェルは、ずんずんと
テーブルに近づいてくると、
斬るような口調でココロンに話しかけた。

「ココロン。久しぶりね」

「…姉上! お久しぶりでございます。
お元気そうで…」

「挨拶は抜き」

人差し指をすっと差し出して
姫の口を止め、そのまま奥の壁を指差した。
そこには、小ぢんまりとした扉が一つ、
ぽつんと備え付けてある。

「二人だけで話しましょうか。
さ、おいでなさい」

さっさと歩き出した。
ココロンは当惑した表情でイナモンを見たが、
一つうなずいた彼に背を押されて、
急いで姉の後を追う。

…さて、「昼のミシェル」は、
異母妹の姫君に対して、
どんな話をするのだろうか?

心配と信頼とが、イナモンの心を
半々に分けている。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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