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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』42

「こら、兄上!
野良駱駝とは、何たる言い草や!
小さい頃に、砂漠で迷って
泣いていた兄上を、
すぐに見つけ出して救った勇敢な妹は、
うちやなかったっけ?」

「あほ! 逆や。
すぐ砂漠に行きたがって、
何回も迷子になったお前を、
そのたびに必死に
探しに行ったのはわいやがな。
都合よく記憶を改変するもんやないで。
その時の恩、利子を付けて
今すぐ返してんか!」

「へえ、そうやったっけ。
まるで覚えてへんわ。
心配せんでも、そのうちに
一千万倍にして返したるわ!」

「ほう、言うたな。
最高級品のワイン、一千万本。
びた一文まけへんで!」

「あほなこと言わんといて。
高過ぎや。そやな、砂漠のサボテン、
一千万本でどないや?
どれも刺激的な味がするで」

「…二人とも、ええ加減にせい!」

いつの間にか兄妹の背後に回ったルドネが、
ぱん、ぱん、と二人の頭をはたいた。
大仰にうずくまった二人を見ながら、
ココロンに言った。

「大変に見苦しいところをお見せした。
申し訳ない。
…ほんまに、うるっさい奴らやろ?
どっちも口から先に
生まれてきたようで、かなわんわ。
わしも、えろう困っとる」

ココロンとロッカは、
目の前で繰り広げられた寸劇に、
しばらく呆然としていた。
…彼らは、本当に王族なのだろうか?

それにしても、リーブルとパンナはともかく、
ルドネは厳格な君主だと聞いていたのだが、
何のことはない、
ただの陽気なおっちゃんである。

「…まあ、座りいな。
ほら、そこの姉さんも、遠慮せんと」

「め、滅相もございませんわ。
私はただの従者です。
皆様と同席するわけには…」

「かめへん、かめへん。
それとも、何や、
大公の勧める椅子に座れんとでも…?」

表情は笑っていたが、目は笑っていない。

ロッカは、ココロンに
救いを求めるように顔を向ける。
姫は、教育係にうなずいた。
仕方なくロッカは、おずおずと椅子に座る。

五人が円卓で向かい合ったところで、
ぱん、とルドネは手を叩いた。
すぐに執事たちの手で、
ワイングラスが目の前に並べられていく。
鮮やかな紫色の液体が注がれていった。

「…皆さんはまだ十八歳やろ。
今日のところは、
葡萄のジュースで乾杯といこか。
わしとリーブルは、ワインをいただく。
もう少し経ったら、
我が国の美酒を味わっていただこう」

「父上、私にも…」

グラスを差し出しかけたパンナだが、
大公と王子のひとにらみで断念する。
これ以上、頭をはたかれてはたまらない、
と思ったのかもしれない。

「では、乾杯!」

何に乾杯するのかしら、と
ココロンとロッカは同時に思ったが、
よく冷えたジュースは喉に心地良かった。
西にそびえるマオチャ山脈の
氷室から切り出した氷で、
冷やしたくれたそうだ。
この葡萄で作られたワインは、
さぞや美味しいことだろう。

リーブル王子はグラスを空にすると、
待ちかねたように口を開いた。

「さて、ココロンはんのことは
色々と盟王陛下からも聞いとるけれども、
じっくりと話すのはこれが初めてやな。

人と人との結びつきも、
国と国との結びつきも、
まずはお互いのことを知ってからや。
聞いたところ、あんさんは
自分自身のことを深掘りするために、
おもろそうなことをやっとるそうやないか。
何やったっけ、
『ミゲルとバンプ』やったかな」

「…兄上、『ミシェルとランプ』やで」

むろん、わざとぼけているのだ。
すかさずつっこみを入れる妹も
手慣れたものである。

「そうそう、その『ミシェルとランプ』。
自分のことを、
紙に書かれたトランプの枠、
五十二の枠に書いていって、
校正を繰り返していくそうやな。

で、最後には
実際のトランプのカードに書いていく。
…よろしかったらそのカード、
見せてもらえへんやろか?」

ココロンとロッカは、
思わぬ要望に面食らった。
…誰から聞いたのだろう?

いや、確かに書いて、作ってはいる。
ロッカは、ミシェルとランプの二人から、
ココロン姫に『ミシェルとランプ』を使って
自己分析をさせるように、と言われていた。
ピノグリア大公国に挨拶に行く日までに、
実際のトランプのカードに
書くところまで仕上げておくように、と。

生真面目な姫は、
ロッカの指導の下で、
きちんと仕上げていたのだ。

大公と妹も、興味津々、
といった表情でこちらを見ている。

ココロンは覚悟を決めた。
いずれにせよ、自分のことを
理解してもらうのは悪いことではない。
それに、あのカードには、
知られて悪いことは書いていないし…。

「…ロッカ、部屋から、
私のことを書いたトランプを
持ってきてちょうだい」

初回は無失点だった。しかし二回以降、
果たして完全試合ペースで
進められるだろうか?
目の前の三人が曲者揃いの打者であることを、
投手のココロンは直感で感じ取っている。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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