見出し画像

長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』72

ミシェルは眉を上げた。

ピノグリア大公国に潜入させていた
この教え子は、信頼できる古参の者である。
彼女が連れてきたのなら、
信頼しても良いだろう。

オロシェが言う。

「ルイソ館長からの書状もお持ちしました。
ミシェル様。…私は、カルダモン商会が憎い。
ルイソ館長も同じ想いです。

館長はその右腕、ニギャシを毒殺されました。
彼は、私にとっても、かけがえのない者でした。
証拠はございませんが、
館長の命令で徹底的に調べ上げて、
この犯行はカルダモン商会の
暗殺者のしわざではないか、と
推測しております」

ここでオロシェは、がば、と急に座り込み、
地面に手をつけて、頭を下げた。
泥で服や顔が汚れるのもいとわない。
彼女は、心の底から言葉を絞り出す。

「どうか、お願いです!
私の復讐に、力をお貸しくださいませ。
どうか…!」

ミシェルはしばらく彼女の
土下座を見ていたが、静かに声をかけた。

「…あなたは、何でもやれる?」

はっと顔を上げたオロシェは、
ミシェルと目を合わせて、
強く、大きくうなずいた。

「よろしい。お手伝いしてあげましょう。
ただし、一つだけ、私に約束して」

「何でございましょう…?」

「商会のためではなく、
自分のために復讐すること。
それが終わったら、
自分のために生きていくこと。
いや、最後まで『生ききる』こと。
いいわね、約束よ?」

…その頃、ミシェルの弟であるランプは、
アルバボンの都市へと潜入している。

ミシェルと同様、
「下ごしらえ」のために
忙しく立ち働いているのだ。
香水商人として各都市に顔の利く彼は、
ミシェルとは違うネットワークを駆使して、
情報を集めている。

彼は隠れ家の中で、チャンバと同じように、
机の上に地図を広げて考えていた。

「北西のカベルーネと
南のダマクワスで、反乱が起きた。
ピノグリア大公国の首都の軍勢は、
北西のカベルーネへと向かった。
ダマクワスは、独自に反乱を
鎮圧しようとしている。

ここにきて、セインが
盟王代行として五市長を招集した。

西のアルバボンは、
軍勢を首都へと向けている。
東のガリカシスは静観して、
招集に応じない様子…」

ぶつぶつとつぶやきながら、
各地から集まってくる情報を整理していた。

彼は、チャンバ、ミシェルたちと
密に連絡を取り合い、情報を共有している。
何しろ、これから仕掛けていく「作戦」は、
それぞれの連動が何よりも大事なのであった。

野球で言えば、さながら
走者が一塁と三塁にいる状況である。
三塁走者を走らせて
バッターにバントをさせるのか、
それとも打たせるのか。
単独で一塁走者を走らせるのか、
そう見せかけるだけなのか。
色々な手が考えられる状況だ。

それを動かすのは、一塁と三塁の
コーチャーズボックスにいる
ミシェルとランプ、すなわち
自分たちバラ姉弟。

…彼は首都にいながら
作戦全体の指揮を執っている、
老監督の知らせを待っていた。

…その「伝令」が来た。
隠れ家のドアが、ノックされる。

注意深く周囲を見渡しながら、
彼はその伝令を迎え入れた。
伝令は目深にかぶったフードを降ろすと、
若々しい顔を見せる。
短い黄色の髪があらわになった。

「よう、スタン、待っていたぜ。
じいさんのサインは出たのか?」

「はい、いよいよ始まります。
私はカベルーネで
リーブル大公代行陛下にお会いして、
打ち合わせをした後、
オルドローズに赴いて
チャンバ様にお会いしてきました。
こちらが、チャンバ様の最新の作戦書です。
どうぞ、お目通しくださいませ」

忠実な小間使いは、
うやうやしくスタンに書類を差し出した。
それをぱらぱらとめくり、
うなずきながら読んでいたランプは、
ふと顔を上げて、この若者に聞いた。

「…お前の姉さん、ロッカは、
キャリア支援をしていきたいんだっけな。
それで、お前はどうなんだ?
相変わらず俺のような、
香水商人になりたいのか?」

スタンは、真面目な顔でこう答えた。

「さようでございます。
ただし、できましたら、香水に限らず、
トムヤム君民国など諸国を飛び回って
多くの物産を扱い、
多くの人を豊かにできる貿易をしとうございます。

欲しい物が手に入る、入れようとする、
その行動こそが世界を回す
第一歩だと思いますので…」

ランプは手を止めて、
スタンの顔をまじまじと見ていた。
やがて笑い出す。

「そうか、…そうか!
お前は俺よりも、良い商人になるだろう。
嬉しいぜ。お前の言う通り、
どこかの誰かが何かを欲しいと思う、
その手助けをすることで、
世界は回っていくんだ。
人が一人ずつ違うように、その道、
商売もまた千差万別。
俺は、お前を応援するぜ」

「…申し訳ございません。
口が過ぎました。
まだまだ、私は若輩者。
ランプ様には、教えていただきたいことが
山のようにあります」

「なあ、スタン。教えられるのを待つな。
自分から学びに行け。時には、見て盗め。
俺の商売は、俺なりのものに過ぎない。
トムヤム君民国にはかの国のやり方があり、
スタンにはスタンなりのやり方があるさ。

…おっと、俺も少し先走っているようだな。
まずは、ここ」

彼は作戦書を机の上に置いて、
スタンに地図を指し示した。
ローズシティ連盟と、ピノグリア大公国。
両国の都市群が、そこには描かれている。

「二つの国を一緒にして土台を固めて、
闇にうごめく商売敵どもを追い払おうぜ」

スタンは、力強くうなずいた。

ランプは、子どもの頃から育ててきた、
自分の弟子とも言うべきこの小間使いが、
頼もしい青年に成長していることに
満足している。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

次回はこちら↓

前回はこちら↓

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!