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岩明均(いわあきひとし)さんの名作漫画の一つに
『雪の峠・剣の舞』という短編があります。
本記事では、この漫画のご紹介を。

岩明均さんと言えば、何と言っても『寄生獣』。
他にも『七夕の国』『ヒストリエ』など
長編漫画の名作で名高いのですが、

短編漫画の斬れ味も、すごい。
まさに『寄生獣』に出てくるミギーが硬化して
「シュパッ」と斬るような感じ
(未読の方に難しい例えですみません)。

『雪の峠・剣の舞』は2つの短編から成ります↓

このうち後半の「剣の舞」も、
ある剣術名人とその弟子のちょっと切ない
物語で、すごくいいのですが、

今回、主に紹介するのは「雪の峠」のほう。

もちろん未読の方にネタバレすると
興覚めするので、概要だけ書きますと、

ある大名家が、関ケ原の戦いで
東西どちらにつくか議論しているところから
話が始まります。
東軍につく意見が大勢を占める中で、
殿様は西軍につく判断をする。
そのため、戦後に石高を減らされて
地方へ国替えを強制されてしまう…。

「東軍についておけばよかったのに…」と
不満を持つ、古い時代感覚の老臣たち。
「これからは新しい時代だ!」と
切り替えて国の都(府)を作ろうとする
新しい時代感覚を持つ若者、近習たち。

この時代の境目を前に、
殿様はどのように決断していくのか…。


というのがちょっとぼかしたメインストーリー
なのですけれども、

いや、この老臣たちと若者たちとの対比、
「街づくり」という、一見地味な話にまつわる
人々の思惑、思慮、決断、こういったものが
ギュッと凝縮されていて、

もうページをめくる手が止まらないんですよ。
『寄生獣』を短編にした物語を
想像してみて下さい。
最後の結末は「そうきたか!」と、
ちょっと感動するレベル。

少しだけ、登場人物のセリフ
(若い新しい世代のほう)を引用しますと、

(ここから引用)

「城下町と港町 少し離れて2つ…
城下町と港町は機能が違うのです

2つの町はそれぞれに
持ち味をいかして発展する

…互いの町が過干渉になることなく
しかし補い合うわけです
その距離が一里半!」

(引用終わり)

こういう「平和な時代」を想定した
若い発想、新しい発想は、しかし、

戦まみれで戦国時代を過ごしてきた
老臣たちには、なかなか理解されません。
「はあ…」とみんなポカンとしている
(この『何言ってるんだこの若造?』的な
居並ぶ老臣たちの表情描写もまたいい)。

結論から言うと、徳川家康の勝利、
東軍の勝利によって、
戦乱の時代は遠ざかり、
江戸幕府の新しい平和な時代がやってくる。
この新しい街づくりの思想は「正解!」な
わけですけれども、

その新しい時代のことを、
老臣たちは想定できない
わけです。

…無理もないことです。
命を懸けて戦って領土を広げてきて、
その血と汗で築き上げてきた
領土を強権で召し上げられて、
見知らぬ土地に連れてこられて、

今度は新しい府をつくって、
平和な貿易などの中で町が発展していく、
切り替えろ、
そういう発想をしろ、といっても
なかなかできるものでは、ない。

当然、この若い近習(と殿様)に対して、
老臣たちは反発していきます。
武器を持たない議論、
形を変えた「合戦」になります。

さて、どこに新しい国の府を作るのか?
というストーリー、いや、これはぜひ
「実用地歴提案会ヒストジオ」的な
発想からも、読んでいただきたい一作です。

(ここから引用)

「…変わってしもうた…
何もかも… 土地も…

人も…

あの頃の…
良き時代は…」

(引用終わり)

老臣の心の叫びが、本当に切ない。
どちらかが善、どちらかが悪ではなく、
両方の陣営が、殺伐な感じではなく
どことなくユーモラスに
描かれているだけに、余計に切ない。

殿様も、決して老臣たちの気持ち、
古き時代の考えが
わからないわけではないんです。
痛いほど、わかる。
でも、最高責任者として、
新しい時代で、新しい土地で、
家臣たちを率いていなかければいけない。


それゆえの決断を下す。

新しい令和の時代が始まってほどない、
今だからこそ読みたい、漫画。
岩明均さんの『雪の峠・剣の舞』。
ぜひ、どうぞ。

※余談ですが、このお話には
上杉謙信がちょこっとだけ
(でもかなりのインパクトで)出てきます。
何かと美化されがちな謙信ですが、
実際はこんな感じだったのかも…と
思わせる描写も、また凄いです。

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