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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』76

「ラム岬とは、どんなところなのでしょうか?」

ロッカが聞いてみると、
馭者は胸を張り、誇らしげに答えた。

「そりゃあ、ええところだ。
空気もええし、眺めも格別。
その昔、ラムという女性が
孤児院を開いたのが由来だで。
その跡地に、今でも図書館が建っておるんだわ。

昔からたくさんの蔵書を集めていて、
よくカプサ学校の師範の先生方を
連れていくことがあるでな。
『わからんことがあったらラム岬に行け』と、
先生方の間では言われているそうだがよ」

馭者は、地元の自慢ができて、
何だか気分が良さそうである。

「そうそう、今ではまた、
孤児院もやっとるんだ。
あそこの子たちは優秀でなあ、
このミネストラでも向こうの大陸でも、
成功して出世している人が多いんだで!
噂では、…あくまで噂ですぞ?
トムヤム君民国の一番偉い人、
ええと、何という人だったか…」

「ガレット・デローア大君陛下?」

「そうそう、実はな、
そのデローアさんも、
この孤児院の出だとか。
もっとも、大きくなったらすぐに
海を渡ってしもうたので、
あまり世には知られていないことですがのう」

一行は、顔を見合わせる。

「偉くなる、というのは、
敵も味方も多くなる、ということですからな。
デローアさんも、
名門のガレット家に養子に入って、
どんどん出世していったお人。
自分の本当の出自は、あまり
明らかにしたくないのかもしれんのう…」

三人は馬車に乗り込んだ。
ミネストラの街を抜けて、
馬車は海沿いの道を進んでいく。

女性二人はきらめく波を見ながら談笑していた。
イナモンは二人の様子を見ながら考える。

孤児院。図書館。優秀な人材を生む教育。
カプサ学校。ガレット・デローア…。
いくつかの単語が思い浮かび、
ある男の片眼鏡へと結び付いていった。

その男の名は、タイム・マネーブ。

カトルエピスのカプサ学校を
首席で卒業したという歴史学者だ。
イナモンと同じ年齢。
マカロン商会のカヌーレと同窓であり、
現在は、ローズシティ連盟に
協力して動いてくれている。
その彼がいつだったか、
イナモンに言ったことがある。

「ここだけの話ですぞ。
チャンバ卿は、イッケハマル陛下とともに、
カトルエピスを訪れたことがあるようです。
彼らはその後、国に戻ると、
知勇兼備の勇者たちを集めて、
勢威を伸ばしていった。
…陛下は、古貴族の
イッケニー家とリバハマル家を統合、
新たにドグリン家を創設する。
その際に、二つの家に敬意を表して、
イッケハマルと自らの名前を変えた」

彼の話を聞いた時、イナモンは周りに
人がいないことを確認すると、うなずいた。

盟王は、新貴族『ドグリン家』の当主である。
元々は僧院に入っていた貴族の子どもが、
優秀さゆえに古貴族の二つの家に「乞われて」、
二つの家を統合してドグリン家を創設、
当主に就任した。

これは、ローズシティ連盟の者なら
子どもでも知っている「歴史の事実」だった。

…だがイナモンは、
大貴族のエーワーン家の当主である。
裏の事情を知っていた。
彼の父母は、他に誰もいない場所で、
イナモンに「真実」を
そっと教えてくれていたのだ。

「…盟王陛下の本当の出自はな、
貴族の子どもでも何でもない。
どこの馬の骨ともわからぬ者なのだ。
チャンバ卿に見出され、
ご自身が天下を取った後に、
ご自身の経歴をでっち上げて流布させた。

だがな、イナモン、
我がエーワーン家は盟王陛下に、
ドグリン家に運命を託したのだ。
あの方は、恐ろしいほどの才能と強運の持ち主。
本当の出自を暴いたところで、誰も喜ばん。
陛下やドグリン家に疎まれるだけだ。

いや、下手をすると、
盟王の出世話を信じる平民、
奴隷にまで嫌われる。

いいか、お前は、あくまで
盟王陛下に忠誠を尽くせ。
あのお方こそ、首都と五大都市をまとめ上げ、
古貴族と新貴族、
貴族と平民と奴隷の枠を超えて、
新しい国を作り上げてくれるお方だ。
いいな、最後まで忠誠を尽くせ…」

イナモンは父母の言うことを肝に銘じ、
「盟王の腹心」と自らの立場を定めて、
忠誠を尽くしてきた。

その判断は間違っていなかった、と思う。

今ではエーワーン家は、
連盟の中でも五本の指に入る名家として
勢威を誇っている。

五大都市の市長たちの一族は、
中央集権の動きの中で、
その力をじきに失っていくだろう。
ましてやピノグリア大公国と一つになり
「ピノローズ帝国」ができた時、
貴族たちの勢力地図は一変し、
さらに新しい権力秩序が生まれていく。

その時、エーワーン家は、自分自身は、
どんな立ち位置にいるべきか?

…鍵を握る人物が、今、彼の目の前にいた。

「イナモン卿、どうしたんじゃ?
怖い顔をして。何か、悩みでもあるのか?」

その人物、ドグリン・ココロンが、
彼に問いかけてきた。
イナモンは表情を崩す。

「…いえ、お腹が少し減りましてな。
やはり、『魔王ダギー』をもう二、三個、
多めに食べておけば良かった。
今になって後悔しておるところでございます」

ど真ん中の直球勝負も、
カウントによりけりである。
ココロンが父親の秘密を知るのは、
もう少し後でもいいだろう。

イナモンは、ボール球に外す変化球で回答した。
権謀が渦を巻く貴族社会に生まれた彼は、
幼少の頃からの習性で、
真実を隠す術を心得ている。

「イナモン様の大きな胃袋に、
あのドーナツは可愛すぎましたね!」

ロッカが口を挟んで、三人は笑い合う。
その時、馬車が停まった。

「お客さん、着きましたで!
…ここが、ラム岬ですだ」

馭者が、馬車の扉を開く。
降り立った三人は、
岬を見下ろしているような小高い丘を見上げた。

…丘の上に、一軒の建物が建っている。
あれが『ラム図書館』であり、
『ラム孤児院』なのだろうか?

馬車をその場に待たせておいて、
彼らはゆっくりと歩き出した。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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