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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』71

4、姉弟の情報網

ざあっと一陣の風が、
湿り気のある草原の草を揺らしている。
一人の園芸服に身を包んだ女性が
顔をふと上げたが、
またすぐに目線を下に落とした。

ローズガーデン・ミシェル。

彼女はガリカシスの周辺、
とある草原の地形を丹念に調べている。
集中力は、ローズシティ連盟の中でも随一だ。
彼女の五感、特に嗅覚は、
これまでにないほどに研ぎ澄まされている。
地形を丹念にスケッチしながら、
手元の紙に何やら忙しく書き込んでいた。

ふと、彼女の嗅覚が、
人が近づいてくる気配を嗅ぎ取った。
ほどなく、彼女と同じような園芸服を
身にまとった女性が、彼女の後方に現れる。

ミシェルは振り向かない。

「…ミシェル先生。
アルバボンの軍勢が首都に向けて
出立したそうです。
率いるのは、バボン市長の婿君、
元第二王子のクランべ様」

「わかったわ。チャンバ様に報告してね。
引き続き、軍勢の動向を追ってちょうだい」

すっと気配が消える。
しばらく後、今度は彼女の横に、
同じような服の女性が現れた。

「…先生、ダマクワスの反乱は
ほぼ終結しているようでございます」

「クワス市長は?」

「セイン盟王代行陛下のご意向に従うご様子」

「ありがとう。引き続き、お願いね」

…このようにミシェルは、
子飼いの教え子たちから情報を受け取っていく。

彼女は調香師である。
しかも、その世界では
知らぬ者がいないほどの第一人者。
教え子は、国の全土にいる。

その中から特に信頼できる者を選んで、
間者として各地の情報を探らせていたのだ。
彼女は香りを調合するだけではない。
様々な情報の調合にも長けている。

再び、風がざあっと草を揺らした。
その風が高貴な香水の香りを
運んできたことに、彼女は気付く。
ただ、以前とは異なり、
その香りの中には地に足を付けた
「生活の香り」が混じり合っていた。

教え子ではない。
彼女は、顔を上げた。
異母妹がそこにいた。

「…マオチャ。久しぶりね。
どう、カシス市長の動きは?」

軽く会釈をすると、マオチャは、
自分の異母姉に報告を始める。

「セインお兄様の命令を無視して、
この都市に立て籠もるご様子です。
…姉上。何とかして、ガリカシスを
破滅の道から救う方法はないものでしょうか?」

ミシェルは意外そうな表情を浮かべて、
マオチャの顔を見直した。
ゆっくりと問う。

「ふむ、だいぶ変わったわね、あなた。
…このガリカシスを滅ぼして、
新帝国の肥料、土台にするべきだ、と
強く主張していたのは、
他ならぬあなたではなかったかしら?」

マオチャは目を伏せた。
しかし顔を上げると、
決然とした様子で姉に言う。

「ええ、その気持ちは、
いささかも変わりません。ですが…」

先回りして、姉は手を上げて妹を制する。

「誰かの親になる、ということは、
子どもの未来を想像する、ということよ」

今度はミシェルが、つと顔を伏せた。
それも一瞬のこと、マオチャを見ながら言った。

「それは、ごく自然な感情。
あなたにとっては
馴染めない都市であっても、
あなたの家族や子どもにとっては郷里だものね。
その都市を、悲しみの風で覆いたくはない…」

マオチャは、自分の内心を的確に言葉にされて、
二度、三度とうなずいた。

「大丈夫よ。
この私が、最小限の被害で食い止めてあげる。
そのために私はここにいるの。
あなたの存在がガリカシスを救うわ。
計画通りに動いてちょうだい。
…命を大事にね」

あえて顔をそむけたミシェルに一礼して、
マオチャは素早く家へと戻っていった。

…さて、こんなものだろうか。
定時報告も聞いた。調査もほぼ済んだ。
隠れ家に戻ろう。
紙を鞄にしまった時、ふと、
彼女は二人分の香りを感じ取った。

一人はわかる。彼女の教え子だ。
もう一人は誰だろう…?
深い悲しみの香りを、鋭敏な彼女は感じ取っていた。

「…先生。定時外のご報告となり、恐れ入ります」

「何かあったの? ピノグリア大公国で」

「…この方を、先生にお引き合わせしたくて、
お連れいたしました」

ミシェルは改めて、その若い女性を見た。
鮮烈な緑色の髪を持つ女性である。
身長は低く、腰から剣を下げていた。
銃器が発達したこの時代、
帯剣をしている女性は珍しい。

「ワサビ・オロシェと申します。
…ミシェル様、初めてお目にかかります」

オロシェは、ミシェルに頭を下げた。
連れてきた教え子が言い添える。

「こちらは、ニューグリーン商会の幹部の方です。
カルダモン商会について、
彼女は多くの情報を
調べ上げてこられた、とのこと。
ただ、どうしてもミシェル先生と
直接にお話がしたい、とおっしゃいますので、
私の判断にてこちらに連れて参りました」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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