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私の名は、水輝
大洗の在住である。

おおあらい、と言えば茨城県。
県都水戸の東にある、海の街。
ここが、私の舞台だ。

私の役目は、人をもてなすこと。

海鮮には、自信があった。
何しろ目の前には太平洋なのだ。
海の幸は、採り放題である。

しかし中には、肉を所望する人もいる。
そんな時、私は一つも慌てずに、
「常陸の牛肉はいかがでしょう?」と
そっと鉄板ごと差し出すことにしている。
たいていの人は、舌鼓をぽんと打つ。

海のものでも山のものでも、
美味しければ、よいのだ。
ただ、もてなす。
人の笑顔を見るのが、私のやりがい。


…その日のお客は、少し珍妙であった。
よく晴れた冬の土曜日。

四人組である。男女で四人。
男性三人、女性が一人。

会話を少し漏れ聞くに、
どうやら一組の夫婦に
二人の男性が合流したようだった。

夫婦は、全国を旅していると言っていた。

背の高い男性と、彼より背の低い女性…。
この二人が、全国津々浦々を巡っている。

日本は、島国である。
「津々浦々」とはよく言ったもので、
それぞれに、港がある。
たとえ海のない内陸であっても、
空港なり、駅なり、自宅なり、
「出航」できる場所はどこにでもある。

この夫婦は、自分たちのことを
「せんのみなと」と自称していた。

いい名だな、と私は思った。

千の港。先の港。線の港。
選の港。戦の港。…?

私の頭の中で、推測変換よろしく、
さまざまな「せん」が浮かび上がる。

千差万別、たくさんの港。
先取りして未来を見据える港。
線と線とをつなげる港。
取捨選択のお手伝いをする港。
戦うためのヒントを輸出する港…。

彼らをもてなすために料理を出しながら、
頭の中で漢字が浮かんでは消えていった。
どの字もぴったりなようでいて、
どの字にも絞り切れない気も、する。

逆に言えば、そこを訪れる船によって、
チャージが必要なものをその都度、
用意しているのかもしれないな。


その夫婦の向かいには、
中年とおぼしき男性が、二人座っていた。

奥に座っている男は、眼鏡をかけている。
資料と冊子を取り出して、
さかんに何かをしゃべっていた。
いや、夫婦の絶妙な相槌に、言葉を
「引き出されている」かのようだった。


…この人には「好き」があふれている、
と私は思った。
ただあふれているがゆえに、これから先、
何をどう表現していくのか、
どう航海をしていくのか、
少し、決めかねているようだった。

霧中の漂流船。そんな言葉が浮かんだ。

もう一人の男性はと言えば、
その三人が話しているのを
にこにこと横で聞いている。

立会人だろうか、歴史の証人だろうか?
しかしこちらも、ただ聞くだけではない。
絶妙な相槌や質問を投げかけて、
奥に座った眼鏡の男の言葉を
引き出している
ようにも思えた。

長身の男性は、魚を根気よく探す「釣竿」
小柄の女性は、ぴりりとよく効く「山椒」
眼鏡の男性は、地理歴史が好きな「地歴」
笑顔の男性は、聞き上手な優しい「立会」

私はひそかに、彼らをそう名付けた。
釣竿、山椒、地歴、立会…。

珍妙な四人の取り合わせであった。

頼む料理もばらばらだ。
牛肉、二色丼、松花堂弁当、刺身。
色とりどりの料理が食卓に並んで、
彼らの話に、花を添える。


ぽぽん、と舌鼓が鳴るのを、
私は微笑ましく聴いた。
ああ、この料理が彼らの話を
美味しく彩れれば良いのだが…。

熱いお茶を、何度か運ぶ。
彼らの話が、断片的に流れてくる。

「表現したいことは、わかりました。
では、その表現を受けた人が、
『どうなると良い』と思われますか?」

釣竿が、地歴に、丁寧に質問した。
魚を注意深く手繰り寄せるかのように。

ぺらぺらと話していた地歴が、
ここで考えるような素振りを見せた。

自分は、こうしてきた。
このような考えを、持っている。

そういうことを語るのには慣れているが、
「相手」がどうなるか、までは
深掘りできていなかったようだ。


表現者にありがちなことなのだが、
自分の好きがあふれすぎた場合、
他人への影響は二の次、となりがちだ。
しかし自分が他人を見ている時は、
他人もまた、自分を見ているもの。
ましてや第三者であれば、
双方向の働きを見ることができる。

第三者である私には、
地歴の戸惑いが手に取るようにわかった。
しかし、その戸惑いは彼にとって
海鮮よりもフレッシュな質問のようだった。

「あなたは、山を駆け上がってきた。
まずはその意欲のおもむくまま、
目の前の山を
駆け上がってみてはいかがでしょう?
頂上でこそ、見える景色もあります」

山椒が、ぴりりと助言した。
海からの、山だ。
地歴は大きくうなずいている。

「…そもそも、なぜ地理や歴史が
好きになったんでしょうか?」

横から立会が、笑顔で聞いた。
地歴は、またもや考える素振りを見せた。
うん、深掘っているわね、と私は思った。

…言葉のキャッチボール。
しかも、一対一では、ない。
四人の球筋が縦横無尽に交わって、
少しずつ、紡ぎ出されていた。


夫婦は、意見を押し付けない。
相手から言葉を引き出している。
立会も、聞き上手だ。
この三人を前にして、
地歴は、言葉を紡ぎ出していく。

「…どうやら、いい会食になったようね」

私は内心、ほっとした。
港の街での、一つの出会い。
その出会いを彩るのが、私の役目だ。

地歴にとって、三人との会食は
良い「寄港地」になったようだった。
誰しもが、誰かの「港」になれる。
そう思った。

私の名前は、水輝。
大洗在住の、飲食店である。

さあ、次のお客がやってきた。
次はどんな船だろう?
どんな海へと向かうのだろうか?


私は千の港に想いを馳せつつ、
次の船にお茶を運んでいった。

(おわり)

※この短編小説は、
実際の人物と会食をモデルにした
ノンフィクション風味のフィクションです。

※せっかくなので短編小説を書いて、
会食を振り返ってみました。

長嶺 将也 さん
高崎 澄香 さん
金谷 武 さん

とても楽しくためになる会食でした。
本当にありがとうございました!!

(写真は、大洗で撮影しました。
左から長嶺さん、金谷さん、高崎さん。
私は撮影者なので写っていません)

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