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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』17

第2章:川のほとりの姫君たち
1、沈む想い


キュシェ川は、南のローズシティ連盟と
北のピノグリア大公国とを分けている。
自然国境の大河である。

その昔、南岸に
ケテコリマという街が作られた。
現在ではこの街の名前は
「モダローズ」と改称されて、
首都オルドローズに
負けるとも劣らない繁栄を見せている。

ある晴れた日のことだ。

一人のすらりと背の高い女性が、
この街を訪れた。お供は数人。
そのうち、従者の長らしき
亜麻色の髪の坊主頭の男が、
馬上の女性に声をかけた。

「ココロン姫、さあ、着きましたぞ。
ここが、モダローズの街でござる」

男の名は、エーワーン・イナモン。
決勝戦から、半月後のことであった。

「…姉上と兄上のお店は、どこじゃ?」

「キュシェ川のよく見える高台の上に、
ぽつんと建っている、と聞いております。
私も行くのは初めてです。
地図を見ながら、ゆっくりと進みましょう」

うん、とうなずいた姫とともに、
イナモンは街へと入った。
とたんに一行を、街のざわめきが
ふわっと包み込む。

張りのある売り声、忙しく運ぶ荷車の音、
大道芸に歓声を上げる群衆…。
生まれ変わった街、モダローズは、
驚くほどの活気に満ちあふれていた。
ココロンは物珍しそうに、きょろきょろと
街の様子を見渡しながら馬を進めていく。

「ずいぶんと、にぎやかな街じゃな。
だいぶ前に、ケテコリマ学院の者たちと
首都で試合をしたことがある。
その時の雑談では、静かな文芸の街だと
聞いておったのじゃが…」

「ふむ、どうやら、『あれ』が
完成した影響でございましょうな」

「あれ?」

イナモンは、川のほとりへと馬を進めた。
一行の目の前に、
とても大きな石橋がかかっている。
橋の上では多くの者が行き交っており、
北へ南へと、それぞれに進んでいる。
橋から川の水面までは、かなりの高さがあった。

「ピノローズ橋でござる。
先年、ついに完成したそうです。
名前の通り、北のピノグリア大公国と
南のローズシティ連盟とを結ぶ橋。
北岸、つまり橋の向こうは
ピノワールという街になります。

この橋を渡れば、
あなたの婚約者の国になります」

「そうか、この橋の向こうが、
リーブル王子の…」

しばらく感慨深そうに
川と橋とを見つめていた姫は、
ふいに教育係に尋ねた。

「この橋ができて、とても
便利になったのじゃろ?
なぜ、今までかけなかった?」

「理由は二つあります。

一つは、両国が緊張関係にあったこと。
要するに、敵と味方に分かれて
争っておったのです。
なまじ橋をかければ、そこから
攻め込まれるかもしれない。
ここから上流、
西にあるモスミルコの街には、
すでに橋がかかっておりました。
そこが両国の唯一の通り道だった。

以前、私も将軍として
モスミルコに駐屯しておりましたが、
いつ北から攻めてくるのかと心配で、
うかうかと寝られぬほどでしたぞ」

殊勝に言ってはいるが、嘘である。

将軍の一人であった彼は、
前線の城壁に安楽椅子を持ち込んで、
よく昼寝をしていた。

イナモンは盟王の命令で、
姫の婚約者、大公国の王子と一緒に、
両国に「同盟」を結ばせるべく
奔走した身である。

十中八九、北から
攻めてくることはない、と踏んでいた。
もし仮に攻めてきたとしても、
十分な睡眠なくして合戦もできぬ、
少しでも体を休めておいたほうがいい、と
割り切っていたのだ。

そのような大胆なところのある男であった。

「さて、もう一つの理由。
それは、このキュシェ川の川幅でござる」

そう言うと、イナモンは
ココロンをいざない、川のすぐそばまで来た。

「以前、この川幅は、
今の倍以上もあったのです」

「…倍じゃと? つまり、今は二分の一。
川の流れの広さが半分になった、と?」

「さよう。この街と
モスミルコの街の中間地点で、
分水河川工事が行われました。
キュシェ川の流れを、
南東の方角に向けて伸ばして、
新しい水路を作って、分けた」

「…なるほど。それが、この街に来る
途中で渡った橋の水路か!」

「はい。川幅が半分に狭くなったおかげで、
橋の長さも工事の費用も半分で済みました。
大幅に工期も縮小することができた。
まさに、両国の同盟が生んだ
奇跡の橋とも言えます」

ココロンは、感心したように
ため息をついた。

川の流れを分けて、川幅を
狭くしておいてから、街を橋で結ぶ!
何とも大胆なことを考える者がいたものだ。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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