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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』39

4、教育係の心構え

さてその頃、盟王の末子
ドグリン・ココロンは、
南にいるイナモンとは真逆の方向、
首都オルドローズから見て
真北の都市にいた。

ピノグリア大公国の首都、
ロマコンティである。

「…姫様、緊張しておいでですか?」

新しい教育係が、宮殿の手前で
馬車の中の姫に声をかけた。
結婚予定の相手先への挨拶のため、
一国の姫君が他国へと赴くのだ。
お供の数は少ないが、
格式と容儀を保って
随行する一隊が編成されていた。

いつものように馬上ともいかず、
ココロンは馬車に乗っている。

「いや、決勝戦の前に比べれば
たいしたことはない。
緊張などしておらぬぞ?」

嘘である。

野球の試合に出るのとは
別種の緊張感が、
彼女の中にじんわりと湧き起こっている。
教育係はそれを見抜いて、
あえて声をかけてきたのだろうか?

「姫様、ありのままの姿を
見て頂ければ、ようございましょう。
ココロン姫は私たちのエースです。
マウンドの上と同じですわ。
堂々とお振舞いになれば、
それでよろしいかと…」

もしこれが、チャンバやイナモンから
言われたのであれば、
彼女はつい強がってしまったかもしれない。
だが声をかけてきた相手は、
自分と同じ年齢の女性である。

彼女は不意に笑顔をつくると、
この若き教育係に、逆に質問した。

「…ロッカ、そういうお前こそ、
緊張しているのではないのか?」

トゥモ・ロッカ。
黄色い髪をおさげにした双子の一人は、
澄ました顔でこう答えた。

「いえいえ、あのミシェル様やランプ様と
相対することに比べれば、
たいしたことはございません。
緊張など全く、ええ、全然、しておりませぬよ?」

そう言いながらも、どことなく
こわばって緊張しているのが
ありありと分かった。

そんなロッカに向かって、
ココロンはあえて豪快に笑ってみる。

「ははは、何も
心配することはないぞ、ロッカ!
私は栄えあるローズシティ連盟の王族で、
英雄ドグリン・イッケハマルの娘なのじゃ。
きりきり舞いの三振に取ってくれよう」

「…さすがは姫様、
その意気でございます!」

同じ十八歳の二人は顔を見合わせると、
ぷっと吹き出して、笑い合った。
緊張感はいつの間にかどこかへ飛んでいる。
彼女たちは馬車を進めて、
宮殿の中へと入っていった。

…さかのぼること半月ほど前のこと。

ミシェルとランプの小間使いを
務めていたロッカは、
イナモンに代わってココロン姫の
教育係に任命される、と聞かされた。

モダローズの館、四種類の絨毯が
敷かれた広間での話。

しばらく呆然としていたのだが、
双子の弟、スタンに横からつつかれて、
すぐに我に返る。
彼女は、その盟王からの命令を知らせた
バラ姉弟の二人に向かって、こう訴えた。

「…何かの冗談でございましょう?
姫の教育係と言えば、
チャンバ卿にイナモン卿、
盟王陛下を支える重鎮の方が
務められてきた地位です。

それを、どこの馬の骨とも分からない
この私が務めるなど、もっての他。
どうぞ、他のどなたかにお譲りを…」

「おい、ロッカ、盟王陛下
じきじきの命令だぞ。
断ることなど、できるわけがない」

「じゃあ、あんたがやりなさいよ!」

弟のスタンに向かって、
珍しく大声を出すロッカに対し、
ミシェルは優しくこう言った。
夜のミシェル、
赤いドレスを着た貴婦人の姿だ。

「ねえ、ロッカ。以前にあなたは、
私のようなキャリアの支援者になりたいと、
そう言っていたわよね。
支援する人の身分を、あなたは気にするの?

王族だろうが奴隷だろうが、
一人の人間として相対して、
全力で支援する。そうではなくて?」

「そ、それは…」

「それとも自分と同じ
年齢の女性は支えられないの?
自分より年上か年下かでないと、
力が発揮できない?」

ミシェルの宝石のような瞳で
じっと見つめられて、
ロッカは覚悟を決めた。

「トゥモ・ロッカ、非才ではございますが、
陛下のご命令、謹んでお受けいたします」

うなずくミシェルの横で、
もう一人のご主人様が声をかけてきた。
ローズガーデン・ランプである。
こちらも夜の装い。
黒づくめの服装をしていた。

「…ロッカ、心配ないぞ。
相手が『赤バラの超特急二世』だろうが、
『リーブル王子の婚約相手』だろうが、
中身は世間知らずのお姫様に過ぎない。
お前が教えられることは無数にある。
いや、お前でないと
教えられないことだってあるはずさ」

「ランプ様。そんなお方の上に立って
『教育』するなど、
正直、自信がございません…」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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