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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』14

右翼手は素早く球をつかむと、
懸命に本塁に向かって全力で投げた。

捕手が、呆然としてその返球をつかんだ。

背後では、俊足の二塁走者が、
頭から本塁に滑り込んで、
歓喜の雄叫びを上げていた。
ベンチから次々に選手が飛び出してくる。

サヨナラゲーム。

捕手のカバーに走ったココロンは、
一息つくと、
膝から崩れ落ちた捕手の肩を、
ぽんと叩いた。
涙があふれ出て
止まらない彼に、こう言った。

「私は全力で投げたんだ。
悔いは、ない。顔を上げろ」

同じく膝から崩れ落ちる守備陣たちに、
彼女は雄々しくこう叫ぶ。

「さあ、みんな、来い、整列だ!
最後まで、胸を張れ!」

彼女の叱咤激励に、球場には
感動の渦が巻き起こる。
何という胆力だ。
負けてなお天晴れな態度!
試合には負けたが、
彼女の目に涙はなかった。

両チームの健闘を称える拍手が止まない。
しかしその中には、
拍手をしながらも
複雑な想いを抱える二人がいた。

「…勝ったか。勝ってしまったか。
嬉しい。いや、嬉しいんだが…」

「義父上、腹をくくりましょうぞ。
紙一重の勝負です。
盟王陛下、我が父も、自分の娘のチームが
勝てずに残念ではありましょうが、
そこまでお怒りではございますまい」

感激と感動の嗚咽に包まれる
アルバボンの応援席で、
バボン市長とクランべは、
同時に息を吐き出す。

あともう少しだけ
打球の角度が違っていれば、
望んでいた「あと一歩での惜敗」
になったはずだった。
しかし、野球の女神は
常に気まぐれなのである。

…球場は、表彰式へと移った。

両軍の選手たちに、
大会役員からメダルが授与される。
優勝旗は、六つの都市のシンボル、
六色のバラの花をあしらった豪華なものだ。

通常は、大会の会長から
チームの主将に優勝旗が手渡されて、
そのまま会長の「講評」が行われる。

試合の余韻に浸っている
イナモンたちの席に、
彼の妹がひょっこりと現れた。

「おう、アズーナ。
店のほうも落ち着いたか。
しかし、球場から帰る観客が、
帰りに食べ物を買って帰ることもある。
表彰式が終わる前に、
店に戻ったほうがいいぞ」

「お兄さん」

…どうも様子が変であった。

イナモンは表情で、
妹に続きを話すように促す。

「今ね、お店にね、なまりのある
お客さんがいらっしゃったの。

『これが噂に名高い
ジッグラト・スペアリブ・サンドでっか!
いやあ、一度、食べてみたかったわあ。
これがレスト・バナナブレッド!
ええなあ、何とも言えん、
甘い、ええ香りや…。
この香りだけで卒倒しそうやわ。
店ごと全部を買い取りたいところやけど、
こちらの首都の名店を
奪うわけにはいかんわな。
ささ、どちらも十個ずつ、
包んどくなはれや!
あっ、しまった、割引券、
持ってくるんやった』

…という感じでね、
ばあっと早口でまくしたてられて、
どう見ても生きがいい八百屋の
お兄さんにしか見えなかったんだけど、
あれって、もしかして…」

四人は、顔を見合わせた。

アズーナと共同店長を務める
タスクスは思った。
放っておいてもどんどん売れて、
しかも回転が命の球場内の売店だ。
会計処理に手間のかかる割引券など、
そもそも発行していない。
なのに、わざわざ架空の
割引券まででっち上げて、
「一人ぼけつっこみ」を入れる男とは…。

四人は同時に、
ある男の顔を思い浮かべている。

…試合後の弛緩した空気が、
ふいに止まった。

観客が、ざわざわとし始める。

そのざわめきは、
風に吹かれた波のように
次第に大きくなっていった。
優勝旗授与。
その場に見慣れない男性が、
二人ほど現れたからである。

大会役員たちが、一斉にひざまずいた。

一人は黒いフードを目深にかぶった大男。
もう一人は、八百屋の店長のような風貌の、
気さくそうな中肉中背の男性だった。
…まさしく、四人が思い浮かべた顔である。

大男が、おもむろにフードを取った。

球場全体に、驚愕と歓喜の声がこだまする。
盟王ドグリン・イッケハマルが、
表彰式の場に立っていたのだ。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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