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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』18

「…それは、父上のお考えになったことか?
それともピノグリア大公国からの提案か?」

「いえ、ここからずっと離れた、
違う国の者が考え出して、
提案してきたことでござる」

そう言われたココロンは、
しばらく考えていたが、
何かに思い当たる。

「そうか、ローガン卿、マネーブ卿、
彼らの国の者だろう…! 違うか?」

「ご明察。ディッシュ大陸の北西部、
彼らの故郷『トムヤム君民国』。
そこからやってきた一人の技術者が
言い出したことでございます。
その名も、ビジェン・タダック」

「タダック…?」

「かの国には『カプサ学校』と
呼ばれる学び舎があるそうです。
師範、と呼ばれる各分野の専門家が、
綺羅星の如くたくさんいる、とのこと。

その中でもタダック卿は
『治水師範』と呼ばれており、
水の流れや洪水の予防、
農水路の開発などについて、
とてもお詳しいとか。

彼が盟王陛下に進言してきて、
陛下はその助言を容れた。
彼は見事に工事を指揮して、
完成を見届けた後で、
かの国へと戻っていきました」

「…何と、トムヤム君民国は、
そのような優れた技術を
持っておる国なのか!」

「はい。恐れながら、ローズシティ連盟を
十歳の子どもとすれば、ふむ、
かの国はすでに私と同じ
三十三歳くらいでございましょうな。
それほど、優れた国です」

イナモンは、少し自嘲気味に言った。
ココロンは驚いた。

彼女は、野球部に所属して
練習に明け暮れていたとはいえ、
オルドローズ学院の授業にはきちんと出席し、
城に戻れば姫としての
礼儀作法を学んできた身である。
一通りの教養は身に付けているのだ。

しかし、まさかそれほどの
国力の差があるとは!
そんなことは今まで、
誰も言っていなかった。

「…なぜ、そのことを、
我が国の者たちは知らんのじゃ?」

「人は、自分自身の国が劣っている、
とは思いたくないものです。
トムヤム君民国のこと自体は知っていても、
我が国よりも劣っているか、
せいぜい同じくらいか、
そう思ってしまうのです。
いえ、真実に目をふさいででも、
そう思い込みたいのです」

イナモンは、川べりの石を一つ拾うと、
下手投げですっと投げる。
石は水を切り、何回か跳びはねた後で、
水中に沈んでいった。

「かく言う私も、
北のピノグリア大公国のことは
存分に調べてきましたが、
はるか遠く、トムヤム君民国については、
本の中でしか知りませんでした。

それが三年前、ひょんなことから
ローガン卿やマネーブ卿たちと知り合い、
かの国のことを詳しく聞くことができた。

カトルエピスという巨大な港、
海の向こうのミックススパイス島、
貿易によって国を富まして、
最新の技術をどんどん生み出していること…。

野球、いや、かの国では
ベースボールと呼ぶそうですな。
そこでは打撃も投球も守備も、
我が国とは天と地の開きがある、とのこと」

「…そんなに野球が強い国なのか!
私でも、無理か? 歯が立たないかのう」

そう言うとココロンは、石を一つ拾って、
下手投げですっと投げた。
石はイナモンよりも遠くまで跳ねたが、
同じように水中に沈んでいく。

「…姫。あれほどの激闘の後です。
もうしばらく、
物を全力で投げるのはお控えなされ」

「なあに、これくらいは
整理体操にもならぬよ。それに」

ふと、悲し気な表情を、
一瞬だけひらめかせる。
無理に笑顔を作って、彼女は言った。

「私は、もう、野球選手ではないのだ。
ただの盟王の娘。王子の妻、妃になる身じゃ」

イナモンは、ふと目をそらして、
川面を見つめた。ココロンが言う。

「ふむ、我が国は十歳か。
イナモン卿。この川の向こう、
大公国は何歳じゃ?」

「…我が国と同じ、
十歳くらいか、と思われます」

「ふむ、二つの国を合わせて、ニ十歳か。
かの国は、イナモン卿と同じ三十過ぎ…。
それくらいの歳の差なら、
力を合わせればなんとかなる。
よろしい、私が架け橋となろう」

振り向いたイナモンは、
にっこりと笑うと、姫の前にひざまずいた。

「このエーワーン・イナモン。
非才の身ではございますが、
姫と王子とのご結婚に
全力を尽くさせていただきます。
あなたこそ、盟王陛下の後、
この国の未来を継がれるお方です」

「期待に応えられるよう、全力を尽くそう。
…よろしく頼むぞ」

いくつかの想いをキュシェ川に沈めて、
姫と教育係は、指定された店へと向かった。
そこには、彼女と同じく
盟王の子どもである、姉と兄が
待っているはずであった。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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