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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』36

「振り返りは大事なことだぞ、タスクス。
試合と同じだ。
そもそもこれは陛下から仰せつかった特命。
俺は粛々と指示に従ったまで。
その出どころは監督でしょうけれども、ね」

その言葉を聞いて、タスクスは慌てて
イッケハマルとチャンバに頭を下げた。

「…はて、何のことだ?」

イナモンの同じ口調で、とぼけるチャンバ。
盟王の影の軍師、
知恵袋と呼ばれていることは、
表では知られていない。
彼は、今日の会議にも
あえて出席していなかった。

「…おや、これを見ると、
ドッゼ・ヤナガという医師が、
なかなかに勇気のある質問をしていますわね。
確か、セイン付きの医師のはず。
まだお若いでしょうに」

ミシェルが目ざとく見つけ、指摘すると、
ランプが言葉を継いだ。

「こいつさあ、『つやぷり大臣』こと、
ドッゼ・ウナベスの子どもなんだろ?
次期皇帝にセインをかついで、
自分が次の大臣にでも
なるつもりなのかな?」

夜のランプは毒舌家である。
つやぷり大臣、という表現に、
アズーナが思わずぶふっと噴き出したが、
盟王の手前、何事も無かったように
必死で澄まし顔をしている。

しかし、顔がぴくぴくしている。
…大丈夫だろうか。
こいつ、一度笑い出すと止まらないからな。

「それで、お前の全体的な
見立てはどうだ、イナモン。
場の空気を感じるのは、
お前さんの得意技だろ?
お前はどう読む?」

チャンバの問いかけに、ふと、
イナモンは昔を思い出した。

試合中にも試合の後にも、
よく監督にこう聞かれたっけ。
捕手は戦場の監督。
わしはベンチの監督だ。
感覚を研ぎ澄ませ。場の空気を感じろ。
企みを自分で見抜け。
そのように、彼は鍛えられてきたのだった。

「はい、八割以上の皆様が、
ピノグリア大公国との合併に
賛成のようでした。
ヤナガ卿も、絶対に反対とまではいかず、
ただ後継者の問題を
皆に喚起しただけでしょう。

もちろん、陛下自身が明言した手前、
皆様の中に表立っての反対はありません。
ただ、二割の方は、とまどい、
変化への恐怖、消極的な反対、
そのようなものを
内心で持っている、と感じました。
表の最後に、その方々の名をまとめております。
どうぞご参考まで」

すらすらと分析を口にする。

元監督と盟王と姉弟は、合わせてうなずいた。
ふむ、どうやら、彼らが予想していた
割合と同じだったらしいな。
…鋭い知性を持つ彼らにとっては、
俺の分析も、事前に出していた答えが
合っているかどうかの微調整に過ぎない。

「…五大都市の市長たちにも、
両国の合併案を
飲み込ませなければならんな」

盟王が、六人を見渡して言った。

「となると、様々な動きを
見せる奴らが出てくるだろう。
中には、合併案そのものを
廃案にしようとする輩も出てくるはず…。
さて、もし、そういう輩がいるとすれば、
どうすると思う、タスクス?
お前の考えを述べてみよ」

突然、盟王に話を振られたタスクスは、
ちょっと考える素振りを見せると、答えた。

「私でしたら、陛下御本人には反対せず、
表向きは大いに
賛成しているように見せかけて、
その裏で、肚の決まらない
臣下を見つけ出します。
そうしておいて、情報を聞き出し、
分裂、寝返りをするように促す。
…密かに本塁を狙う、
三塁走者のようなものです」

イナモンは、旧友の答えにうなずく。

実はこれは現役選手の頃、
三塁走者の本盗を見破る際に、
投手のタスクスに向かって
捕手のイナモンが説明に使った比喩だった。

『盗塁をしようとする走者ほど、
走らない、慎重に行きますよ!
そんな顔をするものだ。
いいか、タスクス、
選択肢がある時に、ある素振りを
特に強調する奴には注意しろ』

…彼は、この店の経営を行う前、
「便利屋」として働いていた。
その中では、だまし、だまされ、
危ない橋を渡り、修羅場をくぐり抜けるなど、
様々な経験をしてきたことだろう。

その中で、タスクスは自分なりの
感覚をさらに磨いてきたようだった。
イナモンの視線に気づくと、
彼は苦笑するように唇を曲げる。

彼らを見ながら、盟王がおごそかに言った。

「…タスクス、その通りだ。
俺もそう思う。

そこで、だ。俺はチャンバと協議して、
ある特命を下すことに決めた。
そう、ここにいる五人それぞれに、な」

ミシェル、ランプ、イナモン、
タスクス、そしてアズーナ。
五人はそれを聞いて、
盟王と元名将の顔を見つめる。

特命。五人。五大都市。
…もしや! イナモンの予想は当たった。

「お前たちを、それぞれ個別に
五大都市へと派遣する。
状況を探り、俺たちに教えてほしい。
情報をまとめるのはチャンバだ。
盟王の特命であるぞ。
謹んで受けるように、な」

五者五様の表情が、円卓の上で花開いた。

元名将は、試合前に打てる手は
すべて打つ男であった。
その一番弟子とも言える盟王は、
この国随一の政戦両方の達人である。
深々と頭を下げて特命を受けながら、
イナモンはこの二人の先読みと打つ手の速さに、
内心で呆れる思いだった。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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