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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』16

どよどよ、と観客が身じろぎした。

盟王陛下が何かの宣言をする?
いったい何が起こるのだろう?
まさか、再び特別試合の開催か?

盟王は、観客の心を手玉に取っている。

「今こそ、皆様にお伝えしたい。
ここにいる、オルドローズ学院の投手、
イッケニー・コーンは、実は
私の第四子、ドグリン・ココロンである」

大多数の観客から、
思わず驚きの声が上がった。

ともに戦ったオルドローズ学院の
選手たちからも。
チームメイトにすら
明かされていなかった秘密。

噂はあった。

カリスマ性、野球の実力、
どれも一級品のコーンは、
貴族の名門であった
イッケニー家の末裔ではなくて、
実はもっと格上の家格ではないかと
思われていたのだ。

しかしまさか、盟王陛下の姫君とは!

ココロンはとまどっている。
なぜ父上は、わざわざ
この場で私の秘密を明かすのか?

「…正体を隠して、娘に
一選手として
試合をさせてきたことをわびたい。
彼女に自分の正体を隠すように伝えたのは、
他ならぬこの私である。

球場では、すべての選手は
対等であるべきなのだ。
盟王の娘であることがわかると、
いらぬ気遣いをしてしまうこともあろう。

それを防ぎたかった。

諸君には何のしがらみもなく、
何の忖度もせず、一人の選手として、
対等に接して欲しかったのである。
親馬鹿を笑っていただきたい。
乞う、許されたし!」

この率直な心情の吐露が、
かえって観客の好感度を上げていた。
素晴らしい! さすがは陛下!
お気になさいますな!
そのような声が乱れ飛ぶ。

ましてや、コーン選手、
いや、ココロン姫は、
先ほどまで目の前で
プレーしていた名選手である。
オルドローズ学院が誇る、
二刀流のエースなのだ。

彼女のひたむきな活躍を見た後で、
反感が出るはずもない。

ローガンとマネーブは、顔を見合わせた。
盟王陛下は、その口先、
マウンドさばきだけで、
打者ではなく観客の心をも操っていく。

もし他の機会に明かしていたら、
表立っての反対は出なくとも、
心の中に「もや」が
たまっていたことだろう。
とんだ千両役者だ…!

「ココロンは、この試合を最後に、
野球選手を引退することになる。
なぜならば、これから、
やんごとなき相手と結婚して、
『妃としてその王子を支えていく』からだ」

きさき。おうじ。

そのような鮮烈な言葉が
観客の耳を打った。
…まさか、まさか!

「そう、その相手こそ、
今まさに、ここに
立っておられるお方である。
紹介しよう。北の大国、
ピノグリア大公国の王子、
シャー・リーブル殿だ!」

球場全体が揺らぐほどの
大歓声が巻き起こった。

拍手の嵐。祝福を叫ぶ声。
感極まって泣き出す者までいた。
おめでとうございます!の
大合唱が、球場内に響く。

期せずして、両校の楽士団が、
まるで息を合わせるかのように
「結婚祝福曲」を演奏し始めた。

ココロンは一瞬、呆然としていたが、
盟王とリーブル王子に促されて、
静かに観客席に手を振り始めた。
まるでそうすることが
最初から決まっていたかのように…。

その頃、バックネット裏の小部屋では、
チャンバとランプが話している。

「まあ、仕上がりは上々かな。
陛下は、ここぞの大一番で
失敗したことがない」

「じいさん、事前にココロンには
伝えておかなくて、良かったな。
勝っても負けても、
おっさんからの発表が表彰式で
待ち構えているとわかれば、
実力の半分も発揮できなかっただろう。
思いっきり戦って、
選手を引退した後での発表。
彼女も切り替えができる、と思う」

そう、この発表を盟王に献策したのは、
他ならぬチャンバとバラ姉弟なのである。
しかし首謀者の一人、ミシェルは
窓からココロンの様子をじっと見ていた。

やがて、ぼそりと言う。

「…ランプ、今度、ココロンを
モダローズの私たちの店にお招きしましょう。

野球選手からお妃様への、
華麗なキャリアチェンジ。

その前に、自分が見せてきたものと
見せてこなかったものを
確かめてもらうために、
ゆっくりとお話をします。
…観客のいないところで、ね」

優雅な、貴婦人然とした姉である。

しかしその凛とした
ハープの音色のような声の奥に、
強い決意が秘められていることを、
長いつきあいの二人は
自然と感じ取っていた。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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