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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』15

8、バラ山の大巨人

ココロンは、目を見開いた。
意外だった。まさか自分の父親が、
優勝旗を持って登場するとは
思ってもいなかったからである。

かつ、その隣に立っている男は、もしや…。

「素晴らしい試合だった。
アルバボン学院の諸君の栄光を讃える。
おめでとう!」

打席に立つ時よりも緊張している主将に
優勝旗を手渡して、盟王はそう言った。
壇上で、ぐるりと球場全体を見渡す。
満席をはるかに越えて、
立ち見が出るほどの観客席。

次第にざわめきが収まり、
静かになっていく。
盟王陛下がわざわざ球場に
足を運ぶからには、
何かが起こるに違いない。

期待を込めた空気が、徐々に高まっていく。

ローズシティ連盟をまとめ上げ、
国の運命を引っ張っている最高権力者。
そのたぐいまれな武力と知力、
そして野球選手としての実力!
もちろん手腕に賛否両論はあったが、
彼はこの国一番の人気者であり、
「イッケハマル劇場」の
主役であることは、
誰の目にも明らかだったのだ。

彼はココロンと目が合うと、
にこっと笑って、娘を手招きした。
その瞳に吸い寄せられるように、
彼女は父親のそばへと歩いていく。

「さて、盟王たるこの私、
ドグリン・イッケハマルに、
皆の耳を貸してもらいたい」

観客の目と耳は、彼の立ち姿に集中した。

盟王の声は、耳に心地よい。
さほど大きな声は出していないが、
腹の中から湧き出るような重低音は、
球場中へ自然と響き渡っていく。

いい声だ。
聴く者の心の中に直接届いていくようだ。
観客席にいるタスクスは、そう思った。

「このたび優勝された
アルバボン学院の諸君は、
『バボン魂』を合言葉に日々鍛錬に励み、
見事、優勝の栄冠を手にした。

私は感銘を受けた!

野球の成果は、試合の中のみで
測られるものではない。
試合の後ろに日々の練習があるのではない。
日々の練習の先に試合があるのだ。
これもバボン市長をはじめ、
関係者の皆様の
支援と環境整備があってのこと。

特に市長には、私の息子、クランべを
婿として快くお迎えいただいており、
日々世話になっている。
このような街と姻戚関係となることができ、
私も非常に鼻が高い。
この場をお借りして、
改めてお礼申し上げる。

さあ、バボン市長、お立ち下さい。
彼に大きな拍手を!」

地鳴りのような拍手が湧き起こった。
バボン市長は照れ臭そうに立ち上がると、
場内の全体に手を振った。

応援団たちは、持ち歌である
「我らバボンの勇者たち」の一節を
力強く合唱している。
いったんは土色に暗くなった市長の顔色が、
今は紅潮して明るくなっている。

彼の横に座っているクランべは、
「土竜もおだてりゃ赤くなる、だ」と、
半ば皮肉っぽく思っていた。

しかし同時に、安堵もしている。

女好きの彼は、過去に
イナモンの妹アズーナにつきまとい、
盟王の勘気をこうむった前科があるのだ。
かつ、三年前の特別試合では、
南部連合チームに情報を横流しした。
それらの粗相もあって、
島流しのようにアルバボンの市長の娘と
政略結婚をさせられていた。

「追放」はすでに解かれているが、
この首都に足を踏み入れるのに、
いささかためらいがあった。

…そう思っていたのだが、
父親のこの言葉を聞くと、
思っている以上にアルバボンは
重要視されているのではないか?
自分はその街と盟王とを
結びつける大事な「ともづな」に
なっているのではないか?
そう思えてくる。

拍手が収まるのを待ってから、
盟王は再び口を開いた。

「残念ながら、この決勝の舞台に
立てなかったチーム、
南のダマクワス、東のガリカシス。
北西のモスミルコ、そして
北のケテコリマ改めモダローズ。
各都市の学院のチームも、
全力を尽くして戦ってきた。

むろん首都のオルドローズ学院も、
もう少しで優勝を逃したが、
素晴らしいチームである。

お互いが尊敬し合って、
切磋琢磨して、力を高め合う。
何と素晴らしいことではないか!
私はこのような国を
率いていくことを、誇りに思っている」

再び、万雷の拍手!

観客席のイナモンは思った。
これほど、この球場のマウンドが
似合う存在は、古今まれなものだろう。
「赤バラの超特急」どころではない。
色とりどりのバラを両手いっぱいに抱えて、
比類なき華麗さと蠱惑的な香りで、
すべてをなぎ倒す大巨人…。

言わば『バラ山の大巨人』だ。
そんな思いが、頭の中を駆け巡った。

「さて、ここにいる皆様方に、ぜひ、
歴史の証人となってもらいたいのだが」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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