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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』73

5、名優

ミシェルとランプ、マオチャとクランべ、
盟王の「子どもたち」が
ガリカシスとアルバボンで動いている。

その間、セインは首都オルドローズで動かない。
彼の病状は、だいぶ進行していた。
おそらく、先はそんなに長くないだろう。
そのことを、彼自身がよくわかっていた。

だが彼の代わりに動いている者たちがいる。
「監督」のチャンバと、
「影武者」のヤナガである。
チャンバはベンチで策を練る。
ヤナガは打席でバットを振る。

「市長の皆様におかれては、
ご多忙の折に我が招集に
応じていただき、かたじけない。
中には、応じない方もいらっしゃるようだが」

…ここは、宮殿内の会議室である。

ヤナガは布で顔を隠して、
盟王代行たるセインの、
さらに「代打」をしている。五市長会議。
話す内容は、チャンバが用意してくれていた。

座席は六つある。
そのうちの二つは、空席だった。

「…バボン市長とカシス市長は、
盟王代行陛下を
ないがしろにされているようですな」

口を開いたのは、首都の北西、
モスミルコの市長だ。
緑色の装束に身を包んでおり、
あごがとがって背が高い。
その風貌から「蟷螂(かまきり)」と
裏で呼ばれている男。

「首都と五大都市、六つの座席のうち、
過半数は越えている。
連盟の規約に則れば、
会議の決定を下すことは法的に可能です。
…何の問題もございません」

ミルコ市長に続いてこう述べたのは、
首都の北、モダローズの市長だ。
紋白蝶のように白い装束に身を包む、
小柄な男であった。
白い髪に白い肌。黒縁の眼鏡が妙に目立つ。

「…いや、問題は
そう容易くはございませぬ」

巨漢の男が、野太い声で言った。
もう一人の参加者、南の港町、
ダマクワスの市長である。
三十代後半の蟷螂と紋白蝶に比べて、
こちらはまだ若かった。
クワス・アキナスという名のその市長は、
腕組みをしながら状況を整理していく。

「西のアルバボン、東のガリカシスが
反旗を翻したとしよう。
ここ首都オルドローズは、
東西から挟み撃ちに遭ってしまう。
南のダマクワス、首都オルドローズ、
北のモダローズと北西のモスミルコ、
ひいてはキュシェ川を渡った
ピノグリア大公国。
南北の協調が脅かされることになるのです。

万一、このオルドローズが陥落すれば、
連盟は分断される。
それでなくとも、
真偽定かでない情報が飛び回っている。
慎重に動かねばなりますまい」

ミルコ市長とローズ市長は、
アキナスの顔を見返した。
その顔は「黒牛」と呼ばれた、
先代のクワス市長にとてもよく似ている。

…猛き牛の子は、やはり猛き牛たるか。

蟷螂と紋白蝶は、連盟一の港町を支配する
若き黒牛、クワス市長の
広い戦略眼に舌を巻いた。

「市長の皆様のご心配は、
ごもっともである」

ヤナガは、心の内を
毛ほども見せず、おごそかに言った。

…いくら豪胆なヤナガであっても、
何の準備もなしに
この会議に臨んだのなら、
動揺を隠せなかったかもしれない。
彼は大臣の息子ではあったが、
王族でもなんでもない、
ただの一人の医師なのだ。

彼がこの会議を素知らぬ顔で
主導できるのも、
裏にいて作戦を練るチャンバの脚本、
寝台にいて彼に任せるセインの度量、
そして何より、行方の知れない
イッケハマル盟王の存在感のおかげであった。

「いいか、今の俺は盟王陛下の代行だ。
イッケハマル陛下であり、
セイン殿下なんだぞ…!」と、
ヤナガは自分に言い聞かせている。

「しかし、ご心配には及ばぬ。
もし両都市が連盟の国益に
背くような行動を取るのなら、
盟王代行の名をもって、
懲罰の一鞭をくれるのみ。
ただそれには、ここにいらっしゃる
各市長のご助力が欠かせませぬ。
…皆様、お力を貸していただけるでしょうな?」

ヤナガは、三人の顔をじろりと見渡す。

「…我がダマクワスは、
オルドローズと盟王代行陛下の
指示に従います」

真っ先に、黒牛が頭を下げた。
彼は、イナモンがダマクワスを訪れた際に、
あらかじめ脚本のあらましを
打ち明けられている。
口火を切って協力する。
それが彼の役目だった。

「モスミルコの総力を挙げて、
新たな連盟のページを開きましょうぞ!」

「モダローズの未来は、
盟王陛下と盟王代行陛下とともにあり」

蟷螂と紋白蝶も、同じく頭を下げた。
元々、この北部の二都市は、
北のピノグリア大公国との協調を唱える
盟王の政策に、全面的に協力してきたのだ。
ましてや南の大都市、
ダマクワスが協力するというのなら、
勝ち馬に乗ることに何の躊躇もない。

だが…。

「盟王代行陛下。
アルバボンもガリカシスも、
全面的に敵対する、という
わけではない様子ですぞ。

もし連盟内で大規模な内戦が
起こってしまえば、
ピノグリア大公国との協調にも
傷がつきかねない。
ここは、政戦両方の構えで
臨むべきでござろう」

「バボン市長もカシス市長も、
野心はあるにせよ、
己の野心だけで自らの都市を
戦火にさらすことは避けたいはずです。

一足跳びに新たな盟王に就任したいとか、
大公国と決戦をしたいとか、
そこまでは考えておらぬでしょう。
『容易に盟王代行陛下の意には従わない、
無条件では言いなりにならない』。
そういう姿勢を見せておいて、
発言力を強化する。
そんな思惑があるのではございませんか?
まず、両市長の言い分を聞いてみては…」

ヤナガはうなずいた。
ミルコ市長もローズ市長も、
自らの都市を率いている市長だ。
物事を柔軟に考えられる男たちのようだった。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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