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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』10

おっさん、と呼ばれた男は、
胸を張ってランプに言い返した。

「ふん、お前には分からんか。
球場内で食べる飯の旨さというのはな、
その場で自ら買うことによって、
倍増するものなのだ」

「…お父様は、ご自身が
出場していた試合であっても、
隙を見てはベンチを抜け出して、
自ら売店に買いに
行かれたそうですわね」

「投手とは、腹が減るものだ。
当時、監督が用意してくれたものだけじゃ、
とても足りなくてね。
貧しい頃なんかは、パンが一切れ、
ミルク粥が出ればいいほうだったんだ」

三人が向かった先は、
バックスクリーンの
スコアボードの裏である。

鍵のかかった扉を、
ミシェルが素早く開けた。
現れた階段を小気味よく上り、
スコアボードを表示する
作業部屋へとたどり着く。

そこには、手書きの得点ボードを
黙々と操作する、若い作業員たち。
その中に一人だけ、
初老の男性が立っていた。
三人を見ると、軽く手を上げる。

「ようこそおいでなさった。
二人も、案内ご苦労。
では、こちらへ」

作業員の長に一言声をかけて、
奥の部屋へと入っていく。
三人がそれに続く。

「じいさんさあ、試合の
最初から見ていたんだろ?
どうだい、赤バラの超特急二世は?」

ランプが、椅子に座りながら言った。
ミシェルは手際よく
「四人分」のサンドとブレッドを
机の上に並べる。
机の前の広い窓からは、
球場の全体を見渡すことができた。
そう、ここは秘密の「特等席」なのである。

背の高いフードの男は、
どかりと椅子に座ると、
すぐにサンドを取り上げ、
口の中へと運んだ。そして、叫ぶ。

「うん、うまい! いいな!
やはり球場で試合中に食う飯は、最高だ!」

じいさん、と呼ばれた初老の男性が、
呆れたように言った。

「…ご自分の『末娘』が
最後の戦いに臨んでいるというのに、
陛下は食欲が優先ですかな。
その姿、昔から少しも変わらぬ」

にやり、とランプに似た笑いを浮かべ、
彼はフードを降ろした。
そこには、五十を三つほど超えた、
見るからに精力にあふれる中年男性、
伊達男の顔がある。

「監督なら分かっているだろ?
俺は、『球場飯』にかなう美味はない、と
いつも思っている。
宮殿で食う料理も、美味いは美味いさ。
だが、これは別物だ。それにな」

あっという間にサンドを
一つ平らげて、言った。

「あいつの戦いは、
この試合が最後じゃない。
これからが、本当の開戦なのさ」

盟王ドグリン・イッケハマル。

ローズシティ連盟の運命を
一手に握る最高権力者!
それがフードの男である。

盟王は、さも当然のように
隣のサンドへと手を伸ばしたのだが、
その手を軽く叩いて制した者がいる。
ミシェルであった。

「…お父様。それは
チャンバ様のサンドです。
まだ、バナナブレッドがあるでしょう?」

「お、おう、そうかそうか。
監督は高齢だし、
食欲があまり無いかな、と思ってな」

「残念ながら、食欲は旺盛でござるよ。
老いてますます盛ん、とも言う」

ひょいとサンドを口にした
老人の姿を見て、三人は苦笑した。

監督、じいさん、チャンバ様。
様々に呼ばれるこの男の名は、
マース・チャンバ。

四人とも、昔からの旧知の仲だ。
チャンバは、元は野球選手であった
盟王の監督を務めていた。
その盟王の子どもである
ミシェルとランプも、
小さい頃からよく知っている。

言わば、身内も同然の四人であった。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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