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「SLAM DUNK」のヤス ~鳥見桐人の漫画断面図 初夏の特別編~

1、ヤス

俺は、ファミコンのアドベンチャーゲームの不朽の名作、『ポートピア連続殺人事件』にふけっていた。

昨今のゲームとは比べるべくもない淡白さ。音楽はない。テキストが表示されるドット音だけが響く。選択式。プレイヤーはひたすら行動を選択し、殺人事件の謎に迫る。

しかしそのストイックさこそが、今の俺のやさぐれた気分に合っていた。過剰な効果音、動きすぎるアニメーション、コナン君ばりの快刀乱麻、そういうものはいらない。一枚絵で「ばしょいどう」しながら選択し、考え、十字キーを操作する。それでいい。それだけで良かった。

犯人がわかった。俺は犯人の服をとった。お前だったのか…。

このゲームの主人公は、刑事。相棒の名前は、ヤス。

ドラマ「相棒」で、紅茶をよく飲んでいる右京さんの相棒はころころと変わるが、このゲームの相棒はヤスである。それはゲームが発売された80年代から、30年以上たった今でも変わらない。

エンディングを見ながら、腹が減っていたことを改めて思い出した。最低限の服を着替えながら、あの店のランチを食べに行こうと決めていた。言わずもがな、「てなもん屋」である。旧友が経営する漫画喫茶。その時に読む漫画も、俺は決めていた。『SLAM DUNK』である。

俺はその店に、ばしょいどうした。

2、SLAM DUNK

「よう、桐人。久しぶりだな」

「まだランチはあるか?」

「今日のメインは他人丼だ。食後に飲み物もつく」

「1つもらおう。それとスラムダンク」

「何巻だ?」

「豊玉戦。ヤスがじっくり行くやつ」

「…23巻だな」

俺は席に着くと、店内を見渡した。変わらないな、ここは。やたらと広い空間。どこか時の止まったような空気。古本の匂い。前と変わったのは、3密にならないように、席と席との間隔が広々と取られているところぐらいか。まあ、基本この店は客がまばらなので、「密集・密近・密閉」というより「過疎・疎遠・疎影」の3疎なのだが。

「ほらよ、23巻」

奴がコミックを持ってきてくれた。持つべきものは漫画のわかる旧友である。俺が一言言うだけで、その場面が掲載されている巻を持ってきてくれる。漫画に関しては、俺よりも詳しい。

…ランチが来るまでの間、俺はページをめくった。これこれ。インターハイ初戦、Aランクの強敵、豊玉戦。ランアンドガン。超攻撃的なバスケに、Cランクの湘北は真っ向勝負で対抗。しかし冷静さを欠いた五人組は、みるみる得点を失う。そこで策士安西監督は、控えのメンバーを投入する。それが安田靖春である。通称、ヤス。

『SLAM DUNK』、いわゆる「スラムダンク」は、週刊少年ジャンプの名作として、5本の指に入るであろうバスケットボール漫画である。

出てくるキャラは、ちょっとワルい感じのヤンキーチックな人が多い。主人公桜木にしてからが赤い髪だ。そこがまた「悪の魅力」を醸し出している。隠し砦の三悪人ならぬ、五悪人と言った所か(ゴリは見た目が悪人)。それを中和するのが、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」の安西監督、メガネ君の小暮、そしてヤスなどの脇役陣である。

ヤスは、相手の挑発に乗せられてスピーディーな試合運びをしてしまった湘北、浮足立ったチームを、落ち着かせる。

「1本!! 1本じっくり!!」
「よし いいぞ 安田っ!!」

ヤスはゆっくりと攻めさせることによって、メンバーたちに落ち着きを取り戻させた。ここで「よし いいぞ」と太鼓判を押してくれるのが、メガネ君こと小暮なのがまたいい。湘北には悪人だけでない。いい人も、いる。そのいい人たちがいい味を出している。

このシーン、よくよく考えると、全体の流れとしては実は異様である。基本、この漫画はランアンドガン的な、怒涛の展開が売りだ。しかしこのシーンは、それをたしなめるような、こういうバスケもあるんだというような、まさに「ゲームチェンジ」を体現するようなシーン。脇役2人がそれを演出することによって、読者には異様ではなく、納得をもって映る。

…いつのまにか奴が、他人丼を持って横に立っていた。

スタッフの控室に行こうぜ、と首だけで示す。ふふん、どうやら奴もスラムダンクについて、このヤスについて語りたいようだな。

俺は奴の後に次いで、控室に入った。

3、玉子とじ

客のスペースとは打って変わって、狭い室内。俺は奴を安心させるために、先に言った。

「消毒は念入りにした。体調もすこぶる良い」

それでも奴は、少し俺から離れたところに腰を下ろした。客商売だからな。用心にしくはない。

「…商売、大丈夫か。まあ、この店の客が少ないのは、今更ではないが」

「少ない? いや多いぜ」

「どこが?」

「テイクアウトで移動販売を始めたんだ。一気に昼前に仕込んでな。スタッフに売りに行かせてる。外食はしなくても、人間、腹は減る。もともとこの店は、漫画以上にランチが好評なんだ。てなもん屋日替わり弁当、かなり売れているんだぜ。当分はつぶれないから、安心しろ」

俺は内心ほっとした。この店がつぶれたら、安心してランチを食いながら漫画を読める店がなくなっちまうからな。

「ヤスも、湘北の安心を体現する人物なんだ」

いきなり奴は斬り込んできた。…語りたくてうずうずしてやがったな。

「名前も安田。安心の安だ。下の名前は靖春。あだ名がヤスにしかならなさそうなキャラ。だからこそいい、わかりやすい」

「監督も『安』西先生だしな」

「そう、主要メンバーがギラギラしているからこそ、余計にヤスがいい。特にこのシーンではな。ヤスが活躍するのはここと、あとヤンキー状態の三井に『帰って下さい』というところか。度胸は湘北一だ。そのヤスを、全国大会という晴れ舞台で、ワンシーンだけでも輝かせた、作者の演出力が素晴らしい」

「ヤスに太鼓判を押すのも、縁の下の力持ちのメガネ君だしな」

俺はそう言って、他人丼に箸をつけた。…うん、なかなか。鶏肉と玉子とじの親子丼とは違って、豚肉と玉子とじ。ダシがいい味を出している。

「例えて言えば、ヤスは他人丼の玉子とじだ」

「…他人同士を結び付ける、ということか?」

「そう。強烈なキャラ5人組、桜木に流川、ゴリに三井にリョータが湘北の強さの源泉だ。しかし、それだけでは飽きる。安西先生がいて、メガネ君がいて、ヤスがいるからこそ、その強さは際立つんだ。どんなに美味いサーロインステーキでも、ステーキだけ5枚も食べたら、もう肉はいいや、となるだろう? 付け合わせの野菜、スープ、デザート、そういう結び付けるものがあってこそ、メインが引き立つというものなのさ」

「しかも、ヤスは2年生だな」

「…そう、そこも重要だ」

奴は、得たりとばかりに指を鳴らした。

「この漫画は、桜木が1年の夏で終わる。この潔い終わり方こそが、この漫画を名作にした。読者に、その後の桜木たちの活躍を想像させる余白を残したのさ。2年のリョータがキャプテンになる。ヤスは、それを補佐するだろう。湘北は続く。彼らが卒業した後もな。ヤスは、玉子とじなんだ」

そう言うと、奴は立ち上がった。

「さて、食後の飲みものは何にする?」

俺は言った。

「紅茶」

(初夏の特別編 おわり)

4、キナリ杯に乾杯

いかがでしたでしょうか?

この記事は、「鳥見桐人の漫画断面図」という、漫画をワンシーンだけで切り取って紹介する連作の、特別編です。

とりみきりと、なので、トリミングして切り取っています。彼は、日常生活の中で漫画の印象的なワンシーンを思い出しては、旧友が経営する漫画喫茶「てなもん屋」に向かい、そのシーンを読みに行きます。10回シリーズ完結でマガジンにまとめていましたが、今回、初夏の特別編を書いてみました↓

今回ご紹介したのは、有名なバスケ漫画、井上雄彦さんの『SLAM DUNK』です。「スラムダンクッ! 説明不要ッ!」という感じではありますが、この漫画の中のワンシーン、ヤスが活躍する豊玉戦の一場面のみを切り取ってみたところです。23巻ですね↓

https://www.amazon.co.jp/dp/4088718437

末筆ながら、今回この記事を書いてみましたのは、岸田奈美さんの「キナリ杯」に応募してみようと思ったからです。概要はこちら↓

この乱世の中で、面白い漫画を読んで、いっときでも笑顔になれる人が増えますように。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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