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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』70

さて、盟王代行、すなわち
セインからの手紙を受け取ったのは、
リーブルだけではなかった。

ローズシティ連盟の西部と東部、
アルバボンの市長、ガリカシスの市長、
この両名にも手紙が届いていたのだ。

そこには、このように書かれていた。

『…我が父、ドグリン・イッケハマルは、
よんどころのない事情があって、
一時、首都を不在にしている。

ついては、第一王子たるこの私、
ドグリン・セインが一時的に
盟王の地位と権限を
代理で引き継ぐことに決めた。
市長におかれては、今まで通り変わらずに、
盟王家に忠誠を誓われたし。
一度、五大都市の市長とともに、
膝を突き合わせて話したい。

五市長臨時会議を招集する。
速やかにオルドローズまで
お越しいただければ幸甚である』

バボン市長もカシス市長も、
この『盟王代行』とやらの申し出に困惑した。

…そもそも盟王とは、連盟の王、
つまり第一人者、代表者である。
その権限を、五大都市の市長に無断で、
一時的であるにせよ、勝手に引き継ぐことは
盟約に反した行為とも言える。

ただ、やむを得ない事情で、
事後で承諾を得るために臨時会議を招集する、
というのなら筋は通っている。
もし反対をするなら、その場で堂々と
反対意見を述べればいい。

…だが問題は、この臨時会議自体が
「罠」ではないか、ということだった。
それでなくとも昨今、
反乱や怪文書、悪い噂が絶えない。

もしやイッケハマル盟王は、
この状況を奇貨として
五大都市の市長たちを直接呼び出し、
軟禁、あるいは謀殺するつもりではないのか?
聞き慣れない『ドグリン・セイン』という
名前が出てきたこと自体、きな臭い。

バボン市長は、自分の娘の婿、
ドグリン・クランべを呼び出して、
意見を聞いてみた。

「…セインは、我が兄にござる。
なれど生来の病弱で、
とても盟王の激務は務まりますまい。
おそらくこれは十中八九、
父上本人の謀略でございましょう」

「なるほど、では、動かずに
様子を見るべきだな。
会議の招集要請を無視する、と」

「いや、逆でござる」

市長は、思わず自分の
義理の息子の顔を見返した。

「軍勢を率いて首都に向かうのです。
訓練の成果も、だいぶ出てきております。
連盟屈指の精兵揃いの
バボン軍が上洛する、とあれば、
兄もおいそれと手出しはできますまい。

もし父が首都にいるのなら、
改めてその力を背景にして、
異議を申し立てましょう。
もし本当に兄が代行を務めているのなら、
アルバボンの力を見せつける好機となります。
いや、むしろこの機に乗じて、
首都を乗っ取ることすら可能でしょう」

「ま、待て、待て。
そんなにうまくいくわけがないだろう。
首都にはコブリ大将軍と、
盟王の精兵が控えておる。

確かに、合戦になったら勝利するかもしれない。
しかし、被害もまた大きくなる。
そうなったら、東のガリカシス、
南のダマクワス、彼らが漁夫の利を得る」

「…それがですな、義父上」

クランべは、資料を手に持っている。

「私の手による密偵から、
首都の情報が届いたのです。
近く、コブリ大将軍は兵を率いて、
いずれかの都市に出兵するとのこと。
つまり、首都の守りは手薄になる…」

バボン市長の顔色が変わった。

「それが、反乱が起きた、と言われる
ダマクワスへの援軍なのか、
はたまたピノグリア大公国の
カベルーネへの援軍なのか、
あるいは違う場所に向かうのか、
それはわかりませぬ。
…しかし、またとない好機が
訪れることは間違いない」

そう言うと、ずい、とクランべは、
バボン市長に近づく。

「どうです。私が盟王となり、
実権は義父上が握る。逆でも大丈夫ですぞ。
バボン百年の大計を築く、千載一遇の好機!
…何も、我が父イッケハマルが、
盟王の座に永遠に座り続けるわけでは
ございませんでしょう。
ましてや病人の兄に、その座は重過ぎる」

野望に満ちたクランべの顔を、
改めて市長は見つめ直した。

そう言えばこの第二王子は、
実の父親に首都から追われるようにして、
この都市に婿として入ってきたのだ。
その内心では、首都の盟王と第一王子に対して、
屈折した感情をたぎらせているに違いない…。

西のガリカシスでも、
同じような会話が交わされている。

しかし、義理の息子が市長をけしかけた
アルバボンと異なり、こちらの義理の娘は、
市長を止めようとしていた。
野望に燃えているのはむしろ、
「紫の蜘蛛」こと、カシス市長本人だった。

彼女は、義理の娘であるマオチャに向かって、
こう言ってのけた。

「招集は無視する。もしそれを理由として、
盟王代行とやらのセインがこの街に
兵を差し向けてきたら、返り討ちにしてやる。

他の五大都市と組み、オルドローズ包囲網を作る。
この都市が首都の軍勢を引き付けている間に、
アルバボンか、ダマクワスか、
どこかが首都を奪おうと動くはず。
こちらは今や、連盟随一の農業都市よ。
蓄えは充分。
戦い疲れて疲弊した諸勢力を打ち破り、
このガリカシスが連盟全土に
紫のバラの旗を掲げるのよ!」

「義母上…。どうぞ、おやめください。
父上も兄上も、そのように
簡単にあしらえる相手ではございませんわ。
お願いでございます。ここはご自重を」

市長は立ち上がると、大柄な義理の娘を
「下から」にらみ上げる。

カシス市長は乱世の気配を嗅ぎ取って、
自分の野望の糸を、
より広くめぐらせているように見えた。

「…私が天下を取ったら、
あなたを盟王の妻、
そして母の座に就けてあげる。
それとも、私が盟王の母、祖母として、
直接その座に就いたほうがいい?

かわいい義理の娘を、
牢獄につないでおきたくはないわ。
つべこべ言わずに、
あなたは黙ってみてらっしゃい!」

野心家の義母にそれ以上の言葉をかけず、
彼女は退出した。恐怖の表情を見せながら。

…しかし部屋を出た時、
彼女は笑顔を一瞬浮かべ、
次の瞬間には苦い顔になっていた。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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