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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』44

「…まあ、あんなんでも、
わいの自慢の妹や。
あの揺るがない度胸と自信。
本当は、あいつが次の大公に就任して、
この国を治めたほうがええんやないかと
思うこともあるほどや」

「これは、ご謙遜を…」

「いや、能力のことやない。
これは、気質の話やで」

リーブルは、じっと
ココロンの顔を見つめる。

「ここだけの話にしてほしい。
わいは実は、宮殿の中におるよりも、
外に出るほうがずっと好きなんや。
上で偉そうに指揮するより、
現場で気の合う仲間と過ごすほうがええ。
もっと自由に生きたい。
王族なんぞに生まれてしもうた身を
嘆くことすらある。

ただな、あんさんのお父上、
盟王はんに出会って、
その考えが少し変わった。
あんなに自由に動く王様は、
見たことがなかった。

トムヤム君民国にも、
ミックススパイス島にも、
あんなお方はおらへんかった。
ああ、あんなんでええんや、と思って、
ちょっとだけ安心したもんや」

「確かに、わが父ながら、
あの行動力、やりたい放題には、
私も呆れ、…いや、感心しております。
ただもう少し、どんと落ち着いて
いてもいいと思うのですが」

うなずくココロンの不意を突いて、
急にリーブルが顔を近づけてきた。
姫がどきっとする間もなく、
彼女の耳元でそっとささやく。
他の誰にも聞かれないように。

「…もしかして、あんさんも」

「…え?」

「もっと、自由に生きたいんやないか?」

はっとして距離を取る彼女に向かって、
王子は、にやり、と笑った。

「…まだ、結婚までには時間がある。
詳しい日取りも決めとらん。
わいは、気長に待つ。
カードには書かれへんかった、
人には見せられん気持ちを整理しときなはれや」

そう言うと、王子はくるりと身をひるがえし、
テラスから部屋へと戻っていった。
「遅かったやないか、兄上!」と
飛びついてくる妹の頭を、
がしっとつかんで止める。

仲の良い兄と妹の姿を見ながら、
ぼんやりとココロンは考えていた。

トランプに書けなかったこと。
人には見せられない気持ち。
…リーブル王子は、この私の本音に
気が付いているのだろうか?

彼女は、先ほど最後に
場に出したカードに、こう書いていた。

スペードのエース。
「野球を通じて得た精神力」。
それが強み。

ハートのエース。
「ローズシティ連盟とピノグリア大公国」。
それが好き。

しかし、耳に残った王子の言葉が、
強みのはずの精神力、
好きなはずの二つの国、
その両方を根底から崩していった。

…私はもっと、自由に生きたいのだ。

エースとして、両国の架け橋、
政略結婚を行う姫として、
これまで自分を縛って生きてきたココロン。
しかし、婚約者からの
甘く厳しい言葉によって、彼女は、
心の奥深くに隠した想いを起こしていた。

本当の私の強みとは、何なのだろう。
そして本当に私が好きなものは…。

テラスから戻った彼女は、
一人足りなくなっていることに気付いた。
ロッカに聞いた。

「大公陛下は、どちらに?」

「『少し酔うた。
後は若い者に任せて、休んでくるわ』。
そうおっしゃると、
お部屋に戻られました。
…姫様にお負けになった後、
ワインを何杯か召し上がっていましたから」

駱駝姫が、訳知り顔で話に入ってきた。

「父上は、若くて美しい娘さんたちと
一緒にトランプができて、
すごく楽しかったんやないかなあ。
興奮して、今頃、
鼻血を出しとるかもしらんで?」

「…そう言うあなたも、
私たちと同じ年齢でしょ?」

「まあ、私はこんなやから」

案外、自分のことを
よくわかっているじゃない、と
ココロンとロッカは同時に思ったが、
礼儀正しい二人は口には出さない。

リーブルも会話に加わる。

「ま、後はわいたちに任せた、
ちゅうこっちゃ。
お偉い年配者が現場に残っとると、
お互いに気を遣うもんやからね。
…ほな、今度は四人で、
ポーカーでもやろか?」

「ええね! 最下位の人が、一位の人の
言うことを聞く、というのはどやろ?」

…この駱駝姫にだけは負けられないな、と
ココロンとロッカは思った。

その時である。

にわかに部屋の外が騒がしくなった。
リーブルは扉を開けて、廊下に呼びかける。

「あほ、やかましいわ!
なんや、火事か?
泥棒でも入ったんか!?」

血の気の引いた執事が、
息せき切って部屋に入ってくる。

「リ、リーブル殿下!
い、一大事でございます!
あの、その…」

「はよ言え」

「大公陛下が、曲者に襲われましたんや!」

「…何やと!」

四人は顔を見合わせると、
一斉に部屋を飛び出した。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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