見出し画像

長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』48

マカロン商会とつながりを持つ者が、
チャンバ卿とセイン王子とともに密談を?

いつ話が終わって、
部屋から出てくるかわからない。
鉢合わせをするのは良くない。
ヤナガはそっとその場を離れて、
空いている部屋へと入った。

いつの間にか冷や汗をかいていた。
椅子に座って考えをまとめる。
そのうち、一つの推論が
彼の頭の中に浮かんできた。

チャンバ卿は盟王陛下の昔からの恩師、
かつ軍師であり、腹心でもある。

その彼が、病床のセイン王子、
それにマカロン商会の
客人たちと話している…。
となれば話題は、貿易の在り方、
さらにはこの国の将来について、に違いない。

盟王陛下はその剛腕をもって
この国をまとめ、北の国と同盟を結び、
トムヤム君民国との貿易政策を
充実させようとしている。
その段取りを、今から秘密裏に
つけているのではないか。

それはよくわかる。

しかし問題は「なぜセイン王子と
話しているのか」だ。

セインには何の実権も与えられていない。
正直に言って、セインが次の指導者、
合併した後の「ピノローズ帝国」の
皇帝の座につく可能性は、極めて低い。

彼の身体の様子は、
医師であるヤナガが一番よく知っている。
おそらく、盟王陛下よりも
命を永らえることはないはずだ。

なのに、あえてチャンバ卿は
セイン殿下と話している。
いったい何を…?

ここで、ヤナガは考えを反芻させる。

「盟王陛下よりも命を永らえることはない」
と、自分は先ほど考えた。
しかし果たして、陛下自身は
必ず天寿を全うする、と言えるだろうか?

人間である以上、不慮の事故、病気、
事件、志半ばで倒れる、
そういうこともあり得る。
ましてや盟王陛下は、
危険な単独行も辞さない行動派だ。

もし仮に、仮にだが、盟王陛下が
何らかの事情でこの国からいなくなり、
かつ、リーブル王子とココロン姫との
婚儀が成っていなかった場合、
さて、盟王の座を継ぐ者は
誰になるだろうか…?

ここまで考えた彼は、愕然とした。

第一王子のセインが
臨時で盟王に就任し、
次代につなぐまで玉座にいる、
という可能性もあるのではないか。

そしてチャンバ卿は、そのような絵図、
言うなれば「試合展開」を
思い描いているのではないだろうか?

「セイン盟王陛下」の下で、
その辣腕を振るう。
その下ごしらえ、土台を強化するために、
マカロン商会の客人たちを
あらかじめセイン王子に
引き合わせているのではないか?

『リーブル王子は確かに優秀で、
快男児ではある。しかし、
彼を中心に新しいチームを作るかどうかは、
お前たち全員に選択する権利があるんだ。
自分の人生は自分で決めろ。
自分の目で見極めろ』

先日、盟王陛下は
居並ぶ家臣たちを前にして、
そう言ってのけた。

そうだ。
リーブル王子が「必ず」次のチームの
中心になるとは限らないのだ。

現在の国内は、盟王の剛腕によって、
一見、がっちりと
一致団結しているように見える。
しかしその下では、
混沌と激流とが渦巻いているようにも思える。

ヤナガはふと、寂しさを覚える
自分に気がついた。

彼は、セインの唯一の「謀友」にして
「忠臣」だと思っていた。
しかしその彼にセインは、
チャンバと密談することを
何一つ話してはくれなかった。

王子にとって自分は、
ただのお付きの医師に過ぎないのだろうか?
嫉妬に似た感情が
湧き起こるのを、彼は自覚する。
だが、相手は老人、それも盟王の腹心。
馬鹿らしいとは思いつつも、
彼はセインに近づく
元名将を意識せざるを得なかった。

しかしここで、ヤナガは迂遠ながら、
あることに疑問を持った。
その疑問は、頭の中で浮かぶやいなや、
彼の心の中を、暗雲の如く黒く染めていく。

…マース・チャンバ卿とは何者なのか。
いかなる経歴と展望を持った男なのか?

古貴族の出身、ということは、
ヤナガも知っている。
ドグリンの傑出した才能を見出して、
イッケニー家とリバハマル家が合わさった
「イッケハマル家」を継がせて、
ついには彼を「盟王」の座にのし上げ、
天下を獲らせた男だ。

盟王の覇業の影には、チャンバ卿がいた。
父親で大臣であるウナベスから、
その当時の話を聞いたこともある。

ただ、彼の素性の多くは、
謎に包まれている。

なぜならば、彼の昔の素性を知る者は
「いつの間にか」表舞台から
姿を消していたからだ。
盟王陛下の治世で「新貴族」たちが
隆盛していき、古貴族たちは、
すでに今のこの国には
数えるほどしかいなくなっている。
チャンバ自身が
古貴族の出であるにもかかわらず…。

チャンバ卿は真の狙いは、
いったい何なのだろう。

古貴族たちの復活か?
それとも、新しくできる
「ピノローズ帝国」での権力と地位か?
もしや、異国の商人たちと組んで、
経済的な実益を自分の手で握ることか?

ドグリン家の王族たちは、
彼の「道具」であり
「手札」にしか過ぎないのだろうか…?

…いずれにせよ、考える材料が少なすぎる。
決めつけるのも危険である。

ヤナガは『自分の目で見極めろ』という
盟王の言葉を、
もう一度、脳内でつぶやいていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

次回はこちら↓

前回はこちら↓

よろしければサポートいただけますと、とても嬉しいです。クリエイター活動のために使わせていただきます!