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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』13

7、優勝旗を手にする者

いよいよ決勝戦は、最終局面を迎えていた。

九回裏の二死まで来た。
あと一人打ち取れば、優勝。
オルドローズ学院の応援席は、
誰もが祈るような気持ちで
マウンド上のコーン選手、
すなわちココロン姫を見つめている。

一方のアルバボン学院側は、
声を振り絞って打者に声援を送り続ける。
満塁までこぎつけていた。
三塁走者が返れば同点、
二塁走者が返れば逆転勝ち、試合終了…!

マウンド上では、内野陣が
集まって相談をしている。
追い詰めたのか、追い詰められたのか、
その表情は観客席からはわからなかった。

「投げ急ぐな」

イナモンは、そうつぶやいた。
隣の席のタスクスがひと息吐いて、
親友に答える。

「こういう時は、何も考えずにど真ん中、
三球勝負だ。開き直ったほうがいい」

「…タスクス、お前ならそうだろうよ。
あの姫がそこまで腹をくくれるかな。
もし俺が受けるなら、
全部ボール球の変化球を要求する。
姫は変化球も一級品だからだ。しかし」

「捕手が万一、捕り損なって
後ろに逸らしたら、と考えると難しいな」

ローガンが、イナモンの言葉を継ぐ。
彼もまた、強肩強打の捕手であった。

「その通りです、ローガン卿。
姫の集中力に問題はないでしょうが、
さすがにここまでの疲れもある。
手元が狂うこともあるでしょう。
捕手の後逸で同点、
という事態だけは招きたくない。

かと言って、相手も、
見逃し三振で試合終了になること
だけは避けたいはず。
となれば、追い込まれる前、
早いカウントから振ってくるでしょう。
その時に、甘く球が入ってしまったら…」

今度はマネーブが、肩をすくめて言った。

「一点でも入ったら、
流れを持っていかれる展開です。
満塁だから勝負を避けるわけにもいかない。
変化球も投げにくい。
…となると、やはり直球勝負でしょうな」

「な、だから言ったろ?」

誇らしげに胸を張るタスクスを、
イナモンはたしなめた。

「あれもこれもと考えた上での選択と、
お前のように『最初からこれしかない』と
思い込んだ上での選択は違うんだよ。

捕手は、あらゆる状況を
想定するのが仕事なんだ」

タスクスも、負けじと言い返す。

「ならば、投手は開き直って
最高の球を投げるのが仕事だ。
迷いは、球に移るぜ?」

先輩やコーチたちの会話は、
ココロンには聞こえていない。
しかし、彼女の心はすでに決まっていた。

三球で片をつける。
すべて直球勝負!
この二刀流のエースは、迷いが
弱気につながることをよく知っていた。
…打てるものなら、打ってみるが良い!

運命の一球目が、ココロンの手を離れる。

打者は顔を真っ赤にして、
思い切りバットを振り抜いた。
ガシュッ、とボールがひしゃげた音がする。
イナモンは、期せずして三年前を思い出す。
そうだ、あの時も、最終回に
マウンドに上がった盟王陛下のボールは、
このようにして打たれたのだ…。

誰もがボールの行方を追った。
ふらふらっと空中に舞ったボールは、
ライトの前に向かった。

右翼手は懸命に走った。
内野陣も背走する。

捕れる…! 落ちろ…!

両陣営の祈りが、見えぬ空間でぶつかる。
二死満塁である。
すでに、走者たちはスタートを切っていた。

…ほんの少しの間を置いて、
ぽてん、と、無情にも球が落ちた。

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
コメント欄にリンクを貼ります。
(全6章のうち、5章まで公開)
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