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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』77

7、力強いリリーフ

建物の扉の前に立ち、イナモンが
ノックをしようとしたその時、
扉が中から開いた。

「ようこそ、お待ちしておりました。
…どうぞ、中へ」

出てきたのは、四十歳くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気の女性であった。

「…お待ちになっていた、とは、
私たちが来ることを知っていたのですか?」

イナモンが三人を代表して、疑問を口にする。
こういう時は直球勝負で良いのだ。

「ええ。すでにいらっしゃっているお方から、
三人のお客人が後からやってくるだろう、と
聞いておりましたゆえ。
ささ、どうぞ、中へ…」

三人は、顔を見合わせた。
イナモンは、ここで迂遠ながら気が付く。
馭者がぺらぺらと長話をしていたのは、
おそらく時間稼ぎだったのだ。

「先客」はラム岬に向かう者がいたら
すぐに知らせるように、
馬車の店に探りの網をかけていたに違いない。
思えば、ここに来るまでの道も、
あえて海沿いの道を選んで、
遠回りをして走っていた気がする。
その間に別の者がラム岬に直行し、
こちらの来訪を
「先客」に知らせていたのだろう。

…建物の中に入った三人は、
薄暗い廊下を歩いていった。

「私は、この図書館と孤児院の主、
シュクメ・パトラと申します」

先導する女性が、おごそかに言った。

「様々な周辺の国から、
この館にお客様がいらっしゃいますが、
ローズシティ連盟からいらっしゃるお客様は
なかなかいらっしゃいません。
歓迎いたしますわ」

暖炉のある受付を通り過ぎて、二階に上がる。
廊下を進んでいき、
一番奥の部屋で立ち止まった。

パトラがノックをする。
部屋の中から「はい」と声が聞こえた。
…紛れもなく、イッケハマル盟王の声である。
大丈夫ですよ、とでも言うように、
ロッカがココロンの手をそっと握る。
教育係の気遣いに、姫は小さくうなずいた。
しかし、表情は硬い。

「お客様をお連れしました。
…入っていただいても、
よろしいでしょうか?」

盟王の回答を待って、パトラは
一つうなずくと、三人を差し招いた。

「…私は、受付に戻っております。
ここは特別な者しか入れない資料室です。
どなたも邪魔はいたしません。
どうぞ、ごゆるりとお話しに
なってくださいませ。では…」

そう言うと、三人の返事を待たずに、
パトラは一階へと戻っていった。
残された三人は、意を決すると
資料室に入る。そこに待っていたのは。

盟王だけではなかった。

長身の盟王よりもさらに背の高い本棚が、
壁際にずらりと並んでいる。
壁には大きな窓があり、机が置いてある。
その机の前に座って、何やら
調べ物をしている女性がいたのだ。
五十歳ほどの中年女性。
肩幅が大きく、がっしりとした体つきである。

彼女の顔を、三人は
ジンジャー・スタジアムで見て知っていた。
始球式をしていた女性…?

ということは。

「ガ、ガレット・デローア大君陛下!?」

イナモンが、珍しく慌てた口調で声を上げた。
三人は一斉にひざまずく。
まさか、大国トムヤム君民国の大君が、
護衛もつけずに
イッケハマル盟王と一緒にいるとは!

「…おいおい、お前たち、驚き過ぎだろう。
大丈夫。この部屋にいる時の彼女は、
ただの心優しい学究肌の、一人の貴婦人だ。
取って喰われることはないぜ、たぶん」

「ふん、言うわね、ドグリン。
取って喰うのは、
いったいどこの狼さんかしら?
それも、若い綺麗な女性を中心に、ねえ」

「…人聞きの悪いことを
言わないでくれよ、デローア。
俺の娘もいるんだぞ。
そもそも、俺が取って喰うんじゃない。
俺のほうが取って喰われるのさ。
ああ、人気者は辛いものだ」

「全く、物は言いようね。
あのバラと野球の国でも、そうやって
皆をたぶらかしてきたんでしょ?
ったく、あんたは昔っから
全く変わっちゃいないねえ」

二人の会話が、
三人の頭の中を駆け巡っていた。
…ええと、今、どういう状況なんだ?

イナモンは、懸命に頭を働かせている。
イッケハマル盟王とデローア大君は、
昔からの知り合い? 友達?
デローア大君は、ここの孤児院の出身?
となると、それは、つまり?

ココロンとロッカの二人も、
頭を下げながら目を白黒させている。
…仕方がない、ここは、
俺が突破口を開くしかない。
決然と顔を上げて、イナモンは言上する。

「デローア陛下、お初にお目にかかります!
私の名前はエーワーン・イナモン。
ローズシティ連盟の貴族の当主です。
こちらは、盟王が第四子、
ドグリン・ココロン。
そしてその教育係、
トゥモ・ロッカと申します。
どうぞお見知りおきを…」

ココロンとロッカも、彼の声に
勇気づけられたかのように、顔を上げた。

「そちらにおります我が盟王、
ドグリン・イッケハマル陛下をお迎えすべく、
私たちはここに参上しました。
お二人のお話を遮る形となり、
恐縮の極みでございます。

盟王陛下、本国はいささか、
きな臭い状況になっております。
デローア陛下とのお話もございましょうが、
私たちとともに、一度、国にお帰りいただく
わけには参りませんでしょうか?」

デローアと盟王は、顔を見合わせた。

「…ドグリン、どういうこと?
あなた、また、向こうに帰るの?」

「すまんな、デローア。
娘たちにはまだ、詳しいことを
伝えていなかったんだ。
まさか、ここまで俺のことを
探しに来るとはな。
こいつらの行動力は、
俺の予想を超えてきた」

そう言うと盟王は三人に向かって、
静かに宣言した。

「イナモン。ココロン。ロッカ。
せっかくここまで
来てくれたのに悪いんだが、
俺はもう、連盟には戻らんつもりだ。
こちらに残ることに決めている」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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