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長編小説『凸凹バラ「ストロングリリーフ」ミシェルとランプ』9

5、球場飯

少し、時間はさかのぼる。

五回の表裏の攻防が終わり、
場内の整備が行われている頃である。
観客たちは、球場内の売店、
飲食物売り場へと殺到した。

この試合の後は、しばらく
学生同士の試合を見ながらの
飲み食いはできなくなる。

行列ができたのは、
『オープン・ローズ』と書かれた
旗が置かれた店。
店の中では、イナモンの妹、
エーワーン・アズーナが
獅子奮迅の働きをしていた。

「はい、ありがとうございました!
お次のお客様、どうぞ!」

「ジッグラト・スペアリブ・サンドを
三つですね。サンド三つ、入ります!」

「ブレッド四つ、サンド五つ、追加!
先に飲み物、お願いします!」

売り子たちの威勢のいい声が響いている。
店長のアズーナは、
厨房と店先の中間に立って指揮をしていた。

お客様を待たせない。
忙しい時こそ笑顔だ。
指示出しは簡潔に。

この日のためにアズーナは、
従業員たちに厳しい鍛錬を
積み重ねさせてきたのである。
その甲斐あって、行列の回転は、
どの店よりも目に見えて速かった。

間断なく目を光らせている
彼女の視界に、見覚えのある顔が現れた。

三人連れだ。

一人は青黒い髪を束ねた背の低い男性。
一人は琥珀色の髪を腰まで垂らした女性。
もう一人は、背の高い大柄な男性のようだが、
黒いフードを目深にかぶり、顔はわからない。

アズーナは売り子と交代して、
三人に笑顔を向ける。
しかしいつもの元気な声ではなく、
小さな声で話しかけた。
現れたお客が「影」の存在であることを
彼女は知っている。

「…ミシェルさん、ランプさん。
来て下さったんですね!
嬉しいですわ!」

「この機会を逃せば、サンドとブレッドを
試合中に食べる機会を失いますからね」

「タスクスは観客席にいるのか?
奴の快足は、この修羅場には役に立たない。
演奏の指揮棒を握れば天下一品だが、
パンを握らせると握力でつぶしかねない。
適材適所だな」

イナモンと同じようなことを言っている。

男性は手早く紙袋を受け取り、
にやっと笑った。
彼の名前はローズガーデン・ランプ。
その隣の女性はローズガーデン・ミシェル。
三年前、アズーナとタスクスに対して
「キャリア支援」を
行ってくれた凸凹姉弟である。

「そちらのお方も、
お買い上げありがとうござ…、えっ、め」

驚愕するアズーナの口元を、
さっとミシェルがふさぐ。
ランプは人差し指を立てて
口の前に当てた。

うんうんとうなずき、アズーナは
それ以上何も言わずに、
三人を店から送り出した。
「…次のお客様、どうぞ!」。
彼女のよく通る声が、
その背中に響いている。

六回表はすでに始まっている。
観客は席に着いた。
人影もまばらな裏の通路を、
三人は足早に歩いていく。

人の気配が無くなった所で、
ようやくランプがフードの男に声をかけた。

「…おっさん、自分の立場を
わきまえてくれよ。
俺たちがアズーナの口をふさがなかったら、
店内が大騒ぎになっていたところだぜ。
下の者に買いに行かせりゃいいんだよ」

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『凸凹バラ「ストロングリリーフ」
ミシェルとランプ』
作:ヒストジオいなお
絵:中林まどか

◇この物語は、フィクションです。
◇noteにも転載していきます。
◇リアクションやコメントをぜひ!
◇前作『凸凹バラ姉弟
ミシェルとランプ』の続編です。
(全6章のうち、5章まで公開)
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